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2010年11月30日 (火)

思い出を捨てるつらさ

一人になったから目覚めが遅く、もう8時だ。
寒さも少し和らいだか、外の寒暖計は13度になっている。
射し込んでくる日光が暑い。

遅い朝飯を済ませて、カセットからの再録はつづく。
時間の合間に洗顔したり、、排便したり。結構忙しい立ち回りになる。
文句の言い手がいないから、気は楽だが。
昼はうどんでも食いに出かけるか。

チャイコフスキーといえば、いつのコンクールのピアノ部門でも協奏曲第1番が登場するが、第2番というのは聞いたことがない。演奏会でも聞いたことがないので、事実上はないのかも知れないと思っていたら、今般カセットテープを整理していたら、30年前FMで放送したのを私が録音していたのが出て来た。
演奏したピアニストはエミール・ギレリスである。
1番に負けないくらいダイナミックで面白い。何故はやらないのだろうか不思議である。
1番が出来過ぎで影が薄いという訳か、いやひょっとしたら弟子が先生の死後編集の手を加えたというから、純粋のチャイコフスキーのものと言えないということになってるのかな。

1番と言えば私には思い出が深い。新婚旅行に山口の湯田温泉に往き、帰りに山口のデパートに入り、知人の音楽部担当者のすすめで記念にチャイコフスキーのこの1番のLPを買った。ルービンシュタインだったと思うがもう忘れた。
現物も何度かの転居で失ってしまった。

孫娘がまだ幼稚園の頃、習って来た歌を店で友達らと一緒に歌うのが面白くて、テープに録っていたのまで出て来た。
もう結婚して子供まで出来てるのに、舌回りが変で、まともに歌えもしないのがおかしい。
なにせ、千個以上もあったカセットだから、ピアニスト横山幸雄氏の10歳くらいの時のラジオ演奏もあったり、捨てるのが惜しかったけど仕方がない。

家内は午後10時まだ京都から帰ってこない。少し心配だ。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その133)

さて、7月に入ってからツルブ基地に向かって駆逐艦による部隊の輸送が計画された。そこで暫く中隊本部をツルブに移すことにした。このツルブはニューブリテン島の西北端部に位置してダンピール海峡の北口を扼する重要な地点で、第65師団本部(真野中将)が置かれていた。そして従来からニューギニア島に部隊を輸送する大発動艇の経路基地であった。そして今回は駆逐艦により一挙に部隊を輸送揚陸することとなった。

このツルブの海岸には土着住民の小部落があり、またココ椰子林も繁っていて至極風光明媚な美しい平和な場所であった。この近くに小さな湾がありここはタナモといった。天空から遮蔽されて舟艇を秘匿する基地としては絶好の地であった。また、この地区の背後は密林地帯となっていたが、ここの空気は乾燥していた。そこら一帯が台地となっており、露営するに好適地であった。そして広々としたなだらかな斜面が遥かなるタラベ山に続いていた。この近くにかなり広い平地があり、ニューギニア島方面に行動する友軍機の不時着場として度々利用されていた。
(つづく)
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