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2010年11月10日 (水)

共産主義

朝7時気温10度、雲多し。
家内の誕生日、満82歳,正に冥土への一里塚である。もっとも私を越えてもらっては困るが。
リウマチの痛みが少し薄れたみたい。幸福な方だろう。しかしよく掃除をするなー。

尖閣映像流出事件で政府はまだ大騒ぎしている。くだらない!どうせ政府の弱腰に腹を立てた正義漢がやったことだろう。
国旗を燃やしたり,デモを企てたりするよりは余程効果的で、相手がどう思おうと毅然としておればよろしい。
事実を隠そうとしている方がおかしい。
人権を重んずるアメリカのグーグルが誰それですとすなおに明かす訳が無い。しかもルクセンブルグから発信したというではないか。

私は共産主義というのは理屈から言ってもいい考え方だなと昔から思っていた。郷土の先輩河上肇さんも唱えたことだし,共産党員の友人に共鳴して投票したこともあった。
しかしお隣の共産主義の国では君主とは言わないらしいが,最高権力者が世襲するらしい。
一方アメリカでは少数民族出身のオバマが現に大統領に選出されている。どちらが共産主義の理想に近いのだろう。
私は馬鹿だからよくわからないが、基本的な部分でどうも納得できない。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その121)

さて大発動艇でダンピール海峡を横断するには、前に言ったように気象がよく、エンジンが好調でも10時間はみておかなければならない。近いところでも100kmばかりあったので、ニューブリテン島側の舟艇基地としては、最も近い場所と思われるブッシング河流域を選んだ。
ラエ上陸以来ダンピール海峡横断のために両島の舟艇基地を探しこれを決めることが最大の急務であった。ラバウルで入手していた海図に頼って舟艇が安全に進出入できて、なお上空から遮蔽できる地点を探した。ニューギニア島側には海図で見ても最適な港湾が見られ、この近くのプブイ河の河口に適地があることが判った。が、しかしニューブリテン島側は全く不明であった。

5月10日前後だったか初めてラエを出てフィンシに向かい、未知のダンピール海峡を渡り海図を頼りに河のある場所に向かって航行した。ここニューブリテン島の南岸近くに沿いながら順次北上するうちに、かなり河口の広い河を見つけた。
この河は入り口がたいへんに浅く、艇が進入するために思わぬ程時間がかかった。屈折している河口をやっとのこと入るとそこは水深が深くなっており、しばらく行くと両岸は鬱蒼とした密林地帯でこの四周は千古斧鉞の別世界であった。(つづく)
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