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2010年11月21日 (日)

ニューギニア戦記続けます

連日好天気がつづく。気温も5度とほとんど同じ。
絶好の行楽日だろうから、老人の出る幕はない。おとなしくしているに限る。

幸い先だってのムービーの始末をつけなければなるまい。パソコンでするか、DVDレコーダーでやるか、編集するとなるとパソコンだが、結構時間がかかるからなあ。

根気がずいぶん無くなって、長時間夢中で作業することが最近出来にくくなった。
目も悪くなったし、頭の働きも悪くなった。何より体調がよくない。

ぶっ続けに2時間3時間というのはもういけない。日記を付けたり、ブログを書いたりがせいいっぱいである。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その128)

しかしその速度は10ノット出ればいい方だという代物であって、全長10数mとずんぐりと丸く鋼鉄で作られていた。そして重心が高く、当時の米軍の魚雷艇と比べると速度、装備、能力共にかなり劣っていた。そして砲塔部分は鋼板が多少厚くしてあったが、船体の抗担力は全く無いに等しい艇であった。

砲の発射速度は1分間に数発程度ととても敵魚雷艇に遭遇した場合、瞬間的に対応する能力殆ど無く、照準も不正確であった。艇の重心が高いということはローリング又はピッチングともに大きくなるので、その射撃精度も悪くなる等とどうも信頼性の乏しい艇であったようだ。
この装甲艇がラバウルから遥々このブッシング河口に到着し、この河に進入したその日に敵機の爆撃によって沈没するという事態が起きた。
早朝河口の監視哨からこの装甲艇が到着したという連絡があり、同時に河口付近がまだ暗くまた地理不案内なので、夜明けを待って河に進入するという知らせがあった。小発艇の誘導で明るくなった河口を発ち遡行を始めて、舟艇基地との中間地点に差し掛かったとき突然敵のp52型機の襲撃を受けた。敵機は超低空で侵入してきたので舟艇監視哨の連絡が間に合わず、殆ど抵抗する暇も無くその銃撃と小型爆弾をもろに受けて、忽ちにしてこの艇は撃沈されてしまったのである。(つづく)
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