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2010年11月19日 (金)

尖閣諸島の紛争

今朝も快晴、気温5度と変わらず。昨日は午後曇ったがきょうはどうか。
膝の痛みはいくらか軽くなったようだ。医者の言うように使わないのがいいのか。或は湿布が効いたか。

午後も好天気変わらず。郵便局に島根のおばさんの所に送金しに行ったが、外も暖かい。
今年のするめはいかい高かったと家内は嘆く。もう来年からは止めだとぶつぶつ。
こちら二人とももう歯がするめに対抗出来ない。去年のものも未だかちかちになって冷蔵庫に残っている。
もうお使い物にするだけである。

文芸春秋で石原慎太郎の日本憂国論を読んだ。もっともな論が多く、私のような戦中派は、戦争を知らない者の多さ、怖さが、こんなにもあるかと驚き慌てる。
また核兵器は除いてとの発言で、通常兵器では日本が中国に優っていると聞いてなお驚いた。
F15戦闘機200機は米国に次ぐ世界第2位の保有数とも書いてある。
あまりにも少ない数字に頭をたたいてしまった。
全大戦では何千機の敵を相手に戦った筈である。桁を間違っているのではと思ったりするのだが。
ともかく尖閣諸島での摩擦は今も続いている。触発の危機とまでは行かなくても、お互いの国民感情次第ではどのように転ぶかは予断出来ない。

しかし我々の頃と今の世代とでは意思も素質もまるで対戦性が劣弱化して物の役には立ちそうにない。
戦いは精神力が物を言う。過去の日本はあまりにウエイトを置きすぎて失敗したが、個々の戦場ではやはり最も大事なことである。
まともに議論してよいのだろうか。

核保有国に囲まれて、発言力に乏しい日本が、通常兵器だけでなく核兵器も保有しろという意見には大賛成である。
北朝鮮の言うように持つだけでよいのである。所有するだけで核戦争は起こらない。所有しなければ戦争は起こされるぞ、石原氏の所論の通りである。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その127)

この鰐が死んでから既に数時間経っていた。その時ある兵士が「鰐が死んで1時間以上も経つと体が硬くなって刃物ではどうにもならない」という。そのうちに住民たちも沢山集まってきたが、いい知恵が浮かばないままにとうとう捨ててしまうことになった。
結局この大きな図体の鰐はどうすることも出来ず、そのままに河に流すことで決着をつけたが、これは久しぶりの明るい出来事であった
その後間もなく第65旅団(夏兵団)の一部がこの地区警備のために配置され、兵団の本部がここニューブリテン島のツルブに置かれた。
その後海峡の喉元に当たるブッシングの重要性を考えて、1ヶ大隊(戸伏少佐指揮)がこの地区に配置された。そしてこの大隊には装甲艇1隻が配備され、兵員や物資の輸送にあたる舟艇の警護、援助に当たることになっていた。この装甲艇は戦車のディーゼルエンジンを搭載し、75mm口径の戦車砲及び重機関銃を装備していた。(つづく)
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