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2010年10月13日 (水)

戦争の甘美な記憶

家内やはり歯が痛んで食事がまともにできない。
三島歯科に電話すると今日は定休日、仕方がないので明日に治療予約する。

今朝は気温17度とまずまず。

今朝の中国新聞をめくっていると、”戦争の甘美な記憶”という大きな見出しが見える。
なんだろうと内容を読んでみると中山茅集子という84歳の作家の短編集「魚の時間」の書評らしい。
環境も違う、しかも女性の体験した戦争所感だから、ピンとくるものは多くはないが、現在と比較してこの私にも戦時中の生活の中にも何か甘美なものが存在するその意識を否定するものではない。

平和を金科玉条のごとく謳歌している昨今だが、果たしてこの現在が平和な世界なのだろうか。
あまりにも堕落と汚辱にまみれ、かけ声と現実は矛盾に満ちている。甘美というような社会は見えてこない。
若き日体験した時代が近いだけに、何か共感する所がありそうである。

たまたま読み終えた”終わらざる夏”の読後感も主人公たちが悲惨な運命を閉じるにもかかわらず、割と爽やかである。東安省斐徳という私が初年兵から3年間過ごした兵舎以外に何もない曠野の中の、戦車聯隊から端を発した小説だけに変わった興味もあった。一部でも事実を知っていたということだろうか。

ひどい鉄拳制裁に泣かされた軍隊生活も、今となっては人間としての虚飾を奪われた生身の体験が、ほろ苦くまた甘美な思い出となっていることに気づかざるを得ない。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その101)

患者の乗艦が始まると艦上からは水兵たちが,艇内からは舟艇隊員と上と下とで協力しながら患者を艦上に引き揚げた。代わりに駆逐艦から上陸部隊の将兵が急いで大発動艇に乗り込み、これが終るかいなや艇長はフィンシの港口目指して艇を走らせた。この間敵の吊り星は間断なく投下され,沖合に漂泊している駆逐艦の全姿がはっきりと映し出されていた。その中に大発動艇はまっしぐらに陸岸に向って走り,部隊の将兵を急いで揚陸をし終えると再び駆逐艦に向って引き返す.今度は軍需品と残りの将兵の搭載である。この軍需品の中に大きな缶詰の重い箱があって、これを積み込もうとした時積載の作業をしていた陸軍の兵士たちがこれは陸軍の物ではないと怒って艇への積み込みをしなかった。
これは、この度の輸送作戦には海軍の少数の海兵がこちらに基地を作る為にフィンシに派遣されていたので,この缶詰の荷物は海軍の食料品であったようだった。

海軍と陸軍の日頃の生活様式の違いが、こんなことではっきり現れたのである。陸軍の糧抹はすべて軽量にしてあり,一梱包が22kgくらいで野戦で体力を消耗した兵士でも運ぶ事が出来る重量に総て梱包してあった。陸軍は歩く事が本分であるので、全ての糧抹は軽量であって野菜等は乾燥した物である。行軍には何日分かのこれを背嚢に詰めて,徒歩で一歩一歩歩かねばならないからである。(つづく)
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