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2010年10月22日 (金)

草莽の記録

雲の多い朝、気温17度とまあまあの天気、午後には晴れるとの予報だが。
排水管清掃工事に来てくれることになってるから、天気が良くないと困る。
娘も立ち会いに来てくれることになってるし。

今朝は珍しく早朝膝が痛まなかった。なんだかおかしい。
毎朝早く苦っていた膝の関節が何でも無いとはなんだか不思議な気持ち。
いいことなんだが。
老人というのはいろいろあるな。なってみないと解らないことだらけだ。

目が薄くなる、耳が遠くなる、忘れっぽくなる、皆歳のせいである。勘も鈍くなるな。

私の日課はパソコンのマウスを動かすことから始まる。
朝起きるとすぐからである。思い返してみると、用事がない時はいつもパソコンが開いている。
役所や会社のパソコン並みと云ってよいかもしれない。もちろん作業容量は比較にはならないが。
それでも器械を無駄に買い置いている訳でないことは確かである。

パソコンを使い始めてから満16年。保存した記録は馬鹿にならない。
ただ、この記録も空しい物になるかどうか、死を前にして一番気がかりなことである。
例えば、あの文化撩乱たる江戸時代においても、沢山の文化の果実が残されているようだが、もの言わぬ農民以下の庶民の記録はほとんど無に等しい。
上流階級に属する一般武士の記録も伺い知るには足りない。
尾張藩士が書き残した、”元禄お畳奉行の日記”などはその赤裸裸さ加減から云っても、珠玉の記録といってよい。
もちろんお呼びもつかないが、庶民の一時代の風物詩として残されればと、こいねがう物である。

今この日記の後につけて、ブログに掲載している親友今田勇君編集の故吉田武中尉の遺作メモはもう延々1年になる。
膨大な物だが、あの祖国興亡を担って戦った一兵士の戦場記録を、上記のような私の念願から、捨てるにしのびぬ思いを込めて掲載している。

公開してあるのだから、簡単にコピーできる。心ある人は是非自家薬籠中の物として記録に加えて欲しいのである。

今私が読み返している”醒めた炎”もそのほとんどの行動の裏付けが、残された本人たちの手紙にもとづいている。
虚構の入る余地は全くない。幕末の志士桂小五郎=明治維新三傑の一人木戸孝允の素面が遺憾なく描写された良い歴史書である。

10時前からスリーエスの排水管清掃工事が始まり、娘も来てくれて予定通りきちっとすませてくれる。
床下の基礎の二カ所の礎石が壊れかけているのが見つかり、修理などに10万円ばかりかかることになる。
余分な金仕事をうまく見つけられた。さすがは業者である。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その109)

幸いにも艇を断崖の下に横付けにする事が出来た。また河幅が比較的に狭いので,数度のわたる敵機の機銃掃射にもその弾は艇の上の方にそれて安全であった。艇隊員は近くの地隙に潜っていたので、銃撃にも爆撃に対しても何とか被害を受けずにすんだ。この度の敵機はノースアメリカンB26型機で、河口方面から低空で浸入して,川筋に沿って銃撃をし小型爆弾を投下しつつ上流に向って去って行った。そしてこの襲撃は毎度の事であるが数回繰り返していた。

舟艇隊員は何時もの通り昼間に仮眠した。初めの頃には敵機は朝と夕方との2回に来襲していたが、そのうちに昼間でも襲って来る様になって,昼間といえども安心して仮眠を取る訳にいかなくなった。そしてこの後は何時何処ででも,横になって仮眠をし身体を休める様にしていたが、この不規則な生活では体力が落ちて行くのはどう仕様もないことであった。兎に角舟艇を操作したりその他の作業をするとき以外は,起きている事がひどく辛く感ずる様になってきた。(つづく)
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