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2010年10月14日 (木)

ゴミ捨て談義

前月捨て損なったカセットテープの約半分を朝8時、故障廃棄した電気ケトルと一緒に私が捨てに行く。
今度は大丈夫だろう。カセットテープもケースを外して中のテープだけにしたので、二袋に収まったし。
ケトルは33cmあるので2百円の証紙を貼らなければならなかったが。

iMacの古い奴を捨てようかどうしようか今迷っている。捨て賃を大分取られるだろうな。
OS9.22だから、古いソフトはこれでないと開かないから、無くしてしまうと困ることがあるかもしれないし、悩みはつきない。
古い写真だけは、全部先般1ヶ月かかって、変換を終わったのではあるが、スキャンした古文書などがまだ残っているしどうするかなあ。

昨今は条例でゴミを自宅で焼却が出来なくなった。
焼却炉はもう何年かそのままションボリと裏庭にたたずんでいる。
ゴミに出すよりはうんと手っ取り早いもののあるのだが、処罰されるのではかなわない。
ゴミとして捨てる量は増える一方である。炭酸ガスはどこかで増えているわけだろうが、何故勝手に燃やしては悪いのか私にはよくわからない。
剪定して袋詰めで捨てる木の枝や葉の量など毎回馬鹿にならない。

植木を止めて、芝生にするかと夫婦で話し合うことも屢だが、これとて手入れが大変らしいし。
ままならぬこと多しである。

千個の音楽カセットは何とか片付きそうだが、ビデオカセットが大変である。
最近は催眠剤と思って、横になりながらセッセと観賞しているのだが、変わった面白さがあっていいものである。
従って捨てる所まで気持ちが行きそうに無い。
これはもう子孫に任せる意外にはなさそうである。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その102)

海軍はこの点艦上の生活であるから,どこに行くにも常に倉庫が身近にある。いはば、衣食住付きの生活である。これに比べて陸軍では衣類は川の流れで洗い,三尺四方の携帯天幕を住処とし,金平糖入りの乾パンが食となる。これで天候の如何に拘らず天然自然のままに行動する。だからあの重い缶詰の箱を見たとき頭に血が上って、これを放り投げた陸兵の気持ちがよく判ったのである。

さて、この揚陸の作業には陸と海軍のトラブルが起りやすい。駆逐艦に取っては本来の任務を放棄して,人員、軍需品等の輸送をする訳であるから,面白くないのは当然のことである。この時のフィンシ港でも駆逐艦の後尾甲板付近で陸、海軍の兵たちが声高に言い争っている声がしていた。これは、海軍の水兵が駆逐艦に積み込んで来たオートバイを揚げろといい,陸軍の兵は揚げないとつっぱねていた。
先刻の缶詰に続いてこの度はオートバイが言い争いの種になっていた。一刻を争う時であってもこんな事はしばしば起きていた。
お互いによく判っている事であったが,海軍はその人数に比べて軍需品等を多く持って居り,これを見て陸軍の舟艇隊員が気に食わないと思ったことから起きたトラブルの様だった。(つづく)
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