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2010年10月17日 (日)

いい陽気だね

朝7時気温12度、急に下がり始めた。快晴の青空だから放射冷却かもしれない。
昨夜は冬布団にして寝たのだが、今朝はそれでも結構冷えた。
おかげで早朝膝がまた痛み始め、しばらくうずいて眠られなかった。宿痾となったのかもしれない。

家内は午後昔のお茶の仲間かなにかと、どこかの招待を受けたと云って出かける。
おしゃべりコンクールでもやるのだろう。

こちらは久しぶりに古いビデオを出して、DVDにダビングする。
結構画質も劣化してないで、しっかり見られる。”地獄の黙示録”というのだが、傑作戦争映画と一時評判だったのではないかと思うが、今見るとよくわからないね。見る側の観賞眼が凄く低下しているから、どうしようもないことだが。

ぽかぽかといい陽気である。一歩も出ないで部屋に閉じこもって居ると、縦でいても横になっていても目は塞がるばかりである。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その105)

当時ラエ方面の陸軍部隊の総員数は6300余名と云われて居り、その主な部隊は南海部隊、独立混成第11旅団及び岡部支隊であった。いずれの部隊も損耗が大きく又悪疫に悩まされていて,その戦力は殆ど無いに等しかった。思えば第81号作戦の失敗は爾後のこの方面での作戦に大きな齟齬を来したといっても過言ではない。
4月5日夜、フィンシの舟艇隊は前回と同様に日没後舟艇に患者を乗せて,沖に出て吊り星の落下する明るい空の下で待機していたが、ここの海上に対して敵機の警戒は厳重を極め,到底駆逐艦を絶対に湾内に寄せ付けない状況であった。そしてこの夜は敵機の地上攻撃が特に激しくフィンシ付近に後送のため集められた患者又前進する為に集結待機していた部隊は,危険を避けてフィンシ港付近を離れて,比較的安全に思われるフィンシとプブイ河との中間地区の椰子林の中に露営していた。以前からこの地区を狙っていた敵機はこの夜焼夷弾の集中攻撃を掛けて,広々とした椰子林一帯を完全に焼き払った。後々この夜の事をフィンシの焼き討ちと語り合った。
当時の焼夷弾が放った炎は天をも焦がす程強烈なものであった。
美しい椰子林は一夜にして焦土と化し,黒焦げとなった椰子の樹木のみがこの辺り一面に天に向かって寂しく突っ立っていた。ラエ戦線に向う部隊の格好な快適な休養の場が,この夜限りで全く無くなってしまった。(つづく)
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