« いい陽気だね | トップページ | 「醒めた炎」について »

2010年10月18日 (月)

中国の反日デモ

朝7時ガス少しかかって、気温も14度と戻り気味。

またまた中国で反日デモ。広い国だから、野方図に自由にさせては不可ない国なのかもしれない。
もっともどこの国でも、笑いかけてる人、つばを引っ掛ける人がいるのは仕方が無いか。
ジャーナリストが誇大に宣伝するのが一番悪い。
平和を念願するなら、新聞でトップ記事にしないで欲しい。

そこへ行くと、チリの鉱山落盤事故は世界中が報道で大騒ぎし、33名の助かった労働者は英雄気取りだそうだ。
こんなのはトップ記事で良いし、要はジャーナリストの見識の違いということか。

昨日は家内はお花の先生の招きで昔の仲間が誘い合わせて集まったらしい。お茶というのは間違っていた。もっとも家内が言い間違えたようなのだが。
先生が凄く喜んでくれて楽しかったそうな。おんなはやさしいのが特技だから老先生をさぞかし労れたことだろう。
男は素っ気なくて、こんなのは駄目だが。

2時家内の用事で三島歯科やせいこう外科に回って、昼休みで入れてもらえないので、時間つぶしににスーパーで食品を買う。
自分の感で買いあさるのだから、めちゃくちゃである。

医者は時間励行で休みもきちっと取る。スーパーは夜遅くまで働き詰めで休みはない。
どこでこんな違いが出てきたのだろう。
  ________________
(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その106)

我々舟艇部隊はその露営地を幸いにフィンシのプブイ河口に置いていたので,この難を免れることが出来たのであった。爾後フィンシのプブイ河の河口は大発舟艇隊の中継基地としてのみ使用する事となり,茲に舟艇隊の中隊本部を設置する事とした。このプブイ河はフィンシ港の南方約4km付近をダンピール海峡に向って流れている。この河はランゲマック湾に注いで居り,幅5,60mの急流である。そして特に干潮時は流れが速くなる。
その河口から300kmの間は両岸は共に5乃至10kmの断崖が続いていた。そしてその上には熱帯の大きな樹木が覆いかぶさって,格好の舟艇の秘匿基地となっている。以前3月2日の夜ラエに上陸した後3月末には,この地をダンピール海峡横断のニューギニア側の基地として選んだのであった。フィンシ港は揚陸の為にはこの東部ニューギニア島では最も便利の良い港であった。これは平和の時の話しであって、当時の様に敵に制空、制海権をを奪われていたこの時期では、ここは敵に最も目をつけられていた地区だったので残念ながら基地としては使えなかった。
兎に角戦場では利用がし易く、生活その他で便利な所は逆に危険の度合いが高かった。
例えば家があるからと云って安易にこれを利用し,舟艇を付け易いからといってそこを基地等に利用すると必ず失敗を招く。これは軍隊での行動の常識であった。いかに困難が伴っても常に敵の意表に出ることが肝腎である。一を得るには十の努力が要ると云うし、無駄無しでは成功は得られない。(つづく)
   ___________________

|

« いい陽気だね | トップページ | 「醒めた炎」について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/49777685

この記事へのトラックバック一覧です: 中国の反日デモ:

« いい陽気だね | トップページ | 「醒めた炎」について »