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2010年9月16日 (木)

ゴミにしてしまった貴重なもの

朝6時、朝日の光が西の山々を明るく生き生きと映える。
気温20度。爽やか。

ベッドの枕元に側机を持て来て、その上にキーボードやマウスを置いて日記を付け始める。
早朝だから天気ぐらいしか書くことはない。

ワイヤーレスだからそのぐらいのことは何でもない。
我ながら横着な老人である。しかしその創意工夫はまんざら捨てたものではないだろう。

言い忘れたが、私のテレビはターンテーブルの上に置いてある。コードがついてるから、360度という訳には行かないが、90度くらいはわけなく回る。
もう10年ぐらい前から使っている。
重いアナログテレビの時はほんとに楽だった。軽くなったとはいえデジタル液晶でも26インチだから、目方はかなりある。やはり役にたつ。

私は人一倍欲が深いのかもしれないが、こうして毎日パソコン人生を送っていると、思い出につながる昔の体験を表すものがものすごく欲しくなる。
一番悔しいのは何百冊にも上るだろう失ったり廃棄した書物雑誌類である。
小さいときからよく読みもしたが、買ったり集めたりした本なども少なくない。
先般も倉庫の中から戦中戦後すぐ頃の新聞切り抜き帳が十数冊出てきた。我ながらよくもこんなのが残っていたなと驚いた。
こんなのを見ると訳もなく当時の記憶が甦る。

終戦の前日の米軍の爆撃で我が家は壊滅して、ほとんどの家財も共に塵芥同然になって消滅した。
戦前の書物などは何もないが、母が僅かに思い出につながる写真などを拾い残してくれた。それだけでも助かってはいる。
しかしやはり残念でたまらない。

それに戦後数回の引っ越しである。
どんどん考えもなく処分してしまった。
皆自分の招いた種である。

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