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2010年9月27日 (月)

我が家の墓の掃除

昨日の午後からair macの故障で、wireless のキーボードが使えず、マウスも従ってふらふらして使い物にならず、古いwireつきのものを引っ張りだして、一日中、古巣帰り。
たこの足がついてくるのが邪魔くさいほかは、まあ大して違いはないから構わないが。

デオデオには電話して明日来てもらうことにする。

昨日は午前中家内の慫慂で墓参りに行く。鎌、鍬、草削り、大小はさみ、箒、すくい、がんぜきなどなど、洗面器にぞうきんまで準備する。
ついでに除草剤も持ちこんで最後は来年のため主に両となりの境界にまいておく。
私方は比較的きれいで、ほとんど草がなかった。
墓を作ってくれた西山さんが気を利かして掃除してくれたのかも知れない。
ただ両隣はまだ墓なしだから草畑で茅などは結構はびこっている。
それらを刈るのが主な仕事だった。

刈り取った草などや溝の落ち葉はかき集めて、持参した大きな袋に入れて、ゴミ捨て場まで車で運び一件落着。

正午を大分過ぎていたので食料などをスーパーで買い込み帰宅して腹を満たす。久方ぶりにおいしい食事が出来る。

彼岸は過ぎたが、比較的涼しい日だったので、他にも墓参りの人たちが何人か墓地を訪れているようだった。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その89)

プブイ河口の秘匿基地には俄然活気が蘇って来た.到着した隊員たちは「苦労したろうなあ、今度は俺たちが代わりに確りと遣ってやるからゆっくりと休んで居れ」と声をかけていた。そして何時迄も第81号作戦で亡くなった戦友たちの名を挙げて語り合っていた。

第3中隊には隊員たちの食糧の補給はほとんど途絶えていた。これは各艇が絶えず輸送に忙しく航行を繰り返していたことも原因の一つでもあるが、この食糧不足を補う為に連続して元気のあるものはタロイモを探しに山に入ってみたが,簡単には見つける事は難しかった。
また、筍の味がするココ椰子の花芽を取って煮て食べたが、この椰子の木は10mにも及ぶ高さがあるので,結局この木を切り倒すことになる。しかしこのココ椰子はこの地方では住民の生活の糧としての財産であり,切り倒す事など絶対にしてはならないことであった。そこで時には海岸に繁茂しているどんぐりに似ている実を煮て食べてみたが,てきめんにひどい下痢に悩まされることもあった。このように食べられるものは何でも口に入れるという生活が続いていたので、遥々とラバウルからやって来て合流した艇隊が食糧を持って来てくれたことは何より嬉しいことであった。(つづく)
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