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2010年9月11日 (土)

やっとテレビがMacで使えることになった

今朝も24度とまあまあの朝、しかし相変わらず昼中は暑くなるという。
台風が来ても日本上空に居座った高気圧にはねとばされて,外回りに追いやられ,日本上空には届かない。
偉いものである。初めて聞いた話である。

8時を過ぎるともう暑気が窓から射し込んで来る。
じわーっと汗が額にまでにじむ。

民主党首戦いよいよ終盤、新聞によると菅氏がややリードと出てる。しかし僅かの差で、浮動票次第ではどう転ぶか分らない。
小沢なら国会は冒頭から荒れ狂うだろう。解決しない疑惑が山積している。
菅氏なら思いがけず長期政権になるかもしれない。
自民党に迫力がまるでないのが追い風となるか。

痛み止めの薬が効いているのか,今朝もあまり痛くない。
階段の昇り降り殆ど障りはない。
このまま治ればと祈る思い。痛みと膝の故障はほんとは別物だそうだから何とも言えない。騙されてる感じでもある。

デオデオの信濃さん、4日間我が家へ通い詰めてようやく勤めを果たす。テレビが悪いか,Macが悪いか、ともかく買う側も販売店も迷惑至極,宣伝ばかりに力を入れすぎない様にしてもらいたい。

一応1件落着とはなったがHDMIコード1本が無駄になった。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その78)

このニューギニア島は第一次大戦終了まではドイツ領であった。そしてドイツは先ず主要な部落に教会を建て其処に宣教師を送って布教を行った。そして更に農場や牧場を開いて経営した。
この他に港や飛行場を開いてこの地方の開発に努めた。フィンシには軽飛行場や教会のほかに百貨店まであったし、ブブイ河の流域には農場の製材工場等が造られていた。しかし第二次大戦勃発と同時にドイツ人は総て連合軍に強制抑留され一人も残っていなかった。

フインシ港はダンピール海峡に臨む東部ニューギニアでは良港として数少ない港であった。そしてその当時として戦略的に重要な要衝でもあったのである。
最初にこの港に入った時九州の細島港によく似ている事に気がついた。港は細く長く陸地に入り込んでいるので,外海の影響を全く受ける事はなかった。しかしただ侵入口の水路が狭く細長くて幅が狭い事が難点であったが、小型の舟艇には格好の港と云えるようだった。(つづく)
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