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2010年8月 8日 (日)

クーラーの中での暮らし

クーラーを利用しての生活が続いているので、猛暑というのに思いもかけず日々快調である。

やはり文明の利器にはかなわないな。

二階に住んでいたときは頑なにクーラーを使わないで天然の風に任せて汗まみれになって暮らしていたが、誤りとは言わないが、老体にはやはりむごい仕打ちだったかもしれない。

肉体の消耗度が随分違う。

それでも昼寝はちょいちょい二階のベッドに転がる。涼しい日だけではあるが。

盆休みには未だ早いはずなのに、高速道路は割安効果もあってか各地で渋滞が続いているようだ。盆にはとてつもない混雑になるかもしれない。

民主党の無料宣言は間違いだったとの声もちらほら聞こえるようだ。

試験的にという政府のいいぐさだから、何時やめてもいいということか。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その4

さて、一隻の舟艇も持たない吉田中隊は、船舶工兵第3聯隊鵜飼中尉から舟艇4、5隻を借用して、当時ここラエ、サラモア地区において、とりあえず大発艇による輸送任務、それは、この地区に到着した潜水艦からドラム缶に詰めて送って来た米の揚陸と、それと引き換えに患者等の後送作業を担当する任務についていた。

敵機の来襲の頻繁なこの地区の事、舟艇はラエ西側のマーカム河の河口の近くに秘匿した。中隊の露営地から3km近く離れていて不便であったが,其処には交代で常に舟艇の監視員をつけ警戒することとしていた。

ここの露営地の海岸近くに一隻の沈没船が見られた。これは妙高丸という特に優秀な機能を持ち,当時の日本の輸送船としては第1級のディーゼル船として有名な船であった。この妙高丸はこの年の1月8日の岡部支隊のワウ攻撃のために、ラエの泊地に停泊して揚陸作業中に同日の12時半敵機の攻撃により船腹に被弾した。この船はそのまま海岸に直進して擱座したのであった。この上陸作戦は第102聯隊を基幹とする輸送船5隻で編成された兵団の作戦であった。

参加した輸送船は知福丸、白龍丸、くらいど丸、ぶらじる丸と妙高丸の5隻であって、此の船団を護衛した駆逐艦は谷風、浜風、磯風、舞風の4隻であった。そしてこの上陸作戦では妙高丸(4000t)及び白龍丸(5444t)の2隻が沈没し,擱座をしたのである。

(つづく)

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