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2010年8月 5日 (木)

要らぬ心配か

昼近く猛暑最高。一旦外出しかけたが家内不調を訴え中止。お互い無理は禁物である。

午後3時を過ぎてやや曇って来たのを幸いにアルクまで出かける。ついでに郵便局により小遣いを引き出す。

デオデオも覗いてみたが買うものなし。

最近は何かにつけて購買意欲がわかなくなった。死期が近づいたということだろう。

癌患者のごとくあと何ヶ月などと宣告してくれる者でもいると助かるのだが、乾癬では死ぬる事はないなどと宣言されるばかりで、頼りにするものは居ない。

今日も中村医師は何が一番嫌ですか、痒いのが嫌ですか、それでは痒い時に飲んでくださいと、1ヶ月分のかゆみ止めの薬をくれる。まことにあほらしい。

痒い時に飲めといっておいて、1ヶ月分はないだろうに。

百歳以上になって行方不明者が随分多いらしい。年金だけ預金口座にどんどん入っているという。

平和な時代というのに、戦争中のような変なことがおきるものだなあ。

戸籍が抹消されない限り生きているということになるのではあろうが。

現に無国籍人というのもあるらしいし、入国制限なしにしてどんどん受け入れたりしたらもう目茶苦茶になってしまうだろうな。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その46

前に常陸丸から逃れてボートに漸く乗った53名はロシア艦隊のこれら3艦に猛射を受けたのであったが、その射ったロシア兵は前記の様に日本軍に助けられた。

この度の第81号作戦で戦闘力を失った漂流者を徹底して抹殺した事で問われる事はいったい何であろうかと思う。

この度の大戦では徹底した人命の抹殺に終始した。これは、かかる行為が戦争終焉の早道と考えられた事であって、人道は第2義的に、いや全く無視されたと言っても過言ではない。そして漂流者に対しても容赦する事なく、、高速艇、飛行機そして潜水艦等で発見し次第徹底した殺戮を繰り返したのである。

もちろん第一次大戦の後戦闘技術例えば潜水艦や飛行機等大量殺戮兵器の発達による所が大きな理由であろうが、それにしても残念な事である。

そして明治時代の戦争に比べて、この第81号作戦という第二次世界大戦に於いては、すべての兵器の発達に伴い、戦闘に於ける破壊及び殺傷力が頗る大きくなって居り、これは留まる事なく拡大されて来た。そして如何にして大量の殺戮、大規模の破壊を達成する事のみが戦争の目的となり、今や兵器は戦争目的の手段ではなくなった。そして、殺戮兵器は際限なく発達発展して今や留まる所を知らない状態に陥ってしまったのである。

(つづく)

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