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2010年8月31日 (火)

無駄なあがき

台風の影響などはまだまだで、炎熱の日は相変わらず続く。
1988年に録画した「ゲゲゲの鬼太郎」の東映映画をダビングする為にとりだして、SONYのテープデッキからDVDレコーダーにつなぐ。SCOTCHのテープだけど、やはり途中で何度もヘッドクリーニングの要求が出て画面が途切れる。
1時間ののアニメが1時間半以上もかかる。

やっと終わって三島歯科に駆けつける。先生はやはり抜いた方が良いと仰る。
逆らう訳には行かぬので,承諾して麻酔を掛け抜いてもらう。2cm近くもある深い歯根だった。
次は9月の7日、いよいよ入れ歯ということになる。
この老い耄れに今更と思うが,寿命がはっきりしないのでこちらも困る。
黙って従う以外に無い。

昨日家内が東京の娘に電話したところ朝子は元気に帰って来て,正式の留学を目指して勉強を開始したという。やっと本腰になったか。ともあれ目標を持つことは何より大切だ。共に喜ぶ。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その68)

4月から5月にかけて本格的な海峡輸送が軌道に乗って来た。それまでニューギニア側フィンシ基地に置いていた中隊本部をニューブリテン島側のブッシングに移して海峡横断の促進を図る事になった。部隊進出のネックとなっていたことは海峡への基地の場所が出発地点にあった方が良かろうという事から,中隊の中枢をこの地に移動したのであった。

当時の吉田中隊はラエ、ポポイ、フィンシ、ブッシング、ツルブにと、分散され配置に就いていた。これは中隊の単位としては指揮掌握の限界を超えたものであった。ツルブに上陸した第51師団第66聯隊を主力とする各部隊は,続々とブッシング近くに集結し始めた。この移動の殆どは大発動艇によったが、一部はやむを得ず獣道とおぼしき陸路を辿ってこの基地に前進したのであった。

ブッシングの河口地帯には集結した部隊のもので一杯となっていた。敵機はここに目を付けて朝に夕に激しく襲撃を繰り返した。湿地帯のこととて避難の壕が掘れる訳でもなく、また数日の滞在だからその余裕も無く,将兵は敵弾を避けるために密林の大木の根っこをくるくると廻ってこの難を避けていた。(つづく)
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