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2010年8月29日 (日)

人の用事の終わるをジーッと待つ心

朝6時気温27度と相変わらず。

膝の痛みも相変わらず。

体の不調を紛らわす方策見当たらず。

妹の死んだ先月末から殆ど雨らしい日もない。

炎熱に炙られて、国民の気力も萎えてしまった気すらする。

家内と昼飯を食いにデパートに出掛ける。

食事の後は家内がショッピングするのを1階の待合ベンチで一時間ばかりジーッと待つ。

杖をついているので、気になるし、痛みを我慢して歩き回る必要もない。

昔三生さんらと四国やしまなみを旅行したことがあって、観光地ごとに目の不自由な彼が残されてジーッと待っていたが、その姿がいみじくも目に浮かぶ。その時は思いもしなかったが、今その身になってみるとつらさが身に滲みる。

ブログを書くのにいい考えなど浮かばないかと模索したが、長いなあとの思いばかりで何も浮かばなかった。

帰宅して午後3時過ぎやっと小雨が風に乗って吹き込んでくる。

もう少し本格的にと思うのだが天は素知らぬ顔。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その6

前に言った様にラバウルからラエまでの7000kmのうち一番の難所はダンピール海峡であった。この海峡を渡るための両端の基地(舟艇の秘匿地)は、ニューブリテン島側はブッシング、東部ニューギニア島側はフィンシハーヘンの南側沿いのブブイ河口である。両基地間の距離は110kmであり、大発動艇で航行すれば約12時間は掛り、このためにはどうしても2、3時間は昼間航行を余儀なくされる事となる。

この昼間の航行を明け方にするか又夕方にするかと案じ、どちらかを選ぶ事となる。結局夜に向って夕方早めに出発する事となった。

そして一度舟艇基地を後にして海峡に出ると何より脅威なのは敵機の攻撃である。この海峡横断に当たっては友軍機の援護を受ける事等は全く期待する事は出来ない状況であった。最近この方面で翼に日の丸をつけた友軍機を見かける事は殆どなかったのである。

ただ、4月の下旬フィンシハーヘンで高高度の飛行をしている友軍機の編隊を2日間連続して見た事があった。異例な事だと思ったが、これは後日漏れ聞いたところでは、先般連合艦隊司令長官山本五十六元帥が,前線視察の際にブイン上空で敵機の攻撃を受け,戦死された事に対する報復の爆撃機の飛行行動だったという。そしてこの攻撃な目的地はポートモレスビーの基地だったということだった。(つづく)

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