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2010年8月23日 (月)

老いの難儀はつづく

少し霞んでは居るがよい天気、午前6時現在気温27度と熱帯夜は続いている。夜半2度クーラーを起動する。
一応眠りは快適としておこう。

今朝下の歯が痛い。どうやら入れ歯の基幹になっている犬歯らしい。手で触るとぐらぐらして痛い。
8時に三島歯科に電話して予約をとる。

日射しが20cmくらい室内に入り込む。もうこんな時節なのにこんなに暑い。昔からこうなのだろうが,耐えられなくなって来たこの頃。老いを生き抜くのも簡単ではなさそうだ。

10時過ぎ三島に出かける。痛い歯を抜く事になったが,麻酔を3本も打ったが利かず。結局歯茎の腫れの治まるを待って再度挑戦する事になる。痛い歯を短く削って当たりを少なくしてもらって今日のところは帰る。
とうとう昼飯はぬける。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その61)

当時、舟艇隊のものたちはその後の情勢を海岸で見守っていたが、この潜水艦がラエ沖の海底を潜航し、海底に沈んで行き、海岸に擱座させるまでは危険な状況の連続であった。兎に角にもラエ海岸に擱座さしたことは幸運という以外に言葉が無い。このあたりの状況は前述の記録に極めて詳細に、更に技術的な方法も含めて記載されているが、これは省略する事としたい。

その後艦の修理を終り一方では舟艇隊の運んで来た空のドラム缶が次々に甲板上に運び上げられ、此の缶はロープで艦の欄干等に括り着けられて行った。
舟艇隊員が大発艇からドラム缶を持上げ、艦の乗組員が甲板上からこれらを受け取り、陸海軍が共に一体となって50個に及ぶドラム缶を艦に積載したが、甲板上はこのドラム缶で埋めつくされた様であった。

やがて潜水艦の離州の作業は総て終り後は満潮を待つばかりとなった。舟艇隊は潜水艦側の希望に添って戦死者2名と負傷者を一部の大発艇に移し替えると共に、揚陸していなかった弾薬その他の必需品を積み込んで、ラエ桟橋に向って先行させた。艦の乗組員は作業の手を止めて戦死者の載った艇を見送った。田辺艦長は重傷にも拘らず気丈にも遂に艦から下りて来なかった。
(つづく)
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