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2010年8月10日 (火)

また文春に教えられる

昨日は甲子園ではナイターをやってしまった。

選手も観客もさぞ疲れたことだろう。

49校も集めたのだから、試合消化に余裕が無いのだろう。

お蔭でこちらは十分楽しませてもらっている、ありがとう。

今朝は台風の影響もあってか、時折小雨がちらつく不安定な空模様。

快晴が続きすぎたのだから仕方が無い。老人にはこのくらいが丁度よい所である。

昼も夜もよく眠れて文句のつけようはない。

昨日送ってきた文春の記事で、李明博韓国大統領が普天間基地を韓国に移設してもよいと極秘提案したと驚くべきニュースを載せている。

新聞もテレビも報道したことも無いテーマだから我ながらドキッとした。今この時期だからこそありそうな話である。

北との関係は一挙にとんがりそうである。

文春という雑誌は昔から時々凄い特ダネを披露する。田中角栄は平たく言えば文春につぶされた。

沖縄の人は喜ぶだろうな。しかし日本政府は震えそうな話である。

もう一つ中国の80后のストライキ頻発がある。

ホンダの子会社はその矢玉に降伏した。味を占めた80后は他の企業に電波で拡大させている。政府はこの抑制に躍起となっているようだが、民主化された人民は簡単には引き下がらない。第2第3の天安門にならねばよいが。

たまには文春などというメディアに啓発されつつ老いて行く私。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その50

第2中隊の隊員が舟艇でここの露営地に出入りする場合には、サラモア方面から,ラエに進入する時も,又フィンシハーヘンからラエに進入する場合でも,沈没船の妙高丸は進路の絶好の目標となった。ラエ正面の海岸はフォン湾と言われ、兎に角海岸がのっぺりしていた所で夜間に沖から露営地に向って進入する時には目標がとり難い地形であった。この妙高丸のお蔭で随分と助かったものでである。

戦場の生活には後々思い出となる数多くのものがあるが、それは自然の風物であり,地形であり,花木であり,現地で出会った人々たち等であるが、このラエで最も懐かしく印象に残ったものの一つにこの沈没船妙高丸の姿がある。この擱座して動かぬ船は四六時中,隊員と生活をともにしてきたもの言わぬ友であった。戦後20数年経った今日でもラエを訪れた時にはこの残骸に会えることであろう。

(つづく)

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