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2010年8月13日 (金)

寝耳に水

午前中家内の印鑑証明を貰いに市役所に行く。
昨日岩国市役所から,随分昔に村役場が区画整理のため強制買収した土地代金を当事者の親父さんがなくなっているので、相続者に分割支払うという通知があり、お金を届けに来週わざわざ家にやって来るというのだが,印鑑とその照明書を準備しろと云う訳である。
寝耳の水の話だが,家内は既に他の弟妹から聞いていたので驚かない。

少し早いがと言いながら出かける。簡単に済む。
帰路近くのス—パーで買い物をして帰宅。何処もかしこも車だらけで交通渋滞は激しい。
今日から盆だからしかたがない。
全国的に凄い事になってる様だ。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その52)

その日は潜水艦は薄暮にラエ沖に浮上する事になっていた。浮上の位置は海岸から凡そ3km 離れた位置だったが、時には4km以上離れて浮上する事もあった。揚陸を担当する舟艇隊は予め夕刻には舟艇の秘匿基地であるマーカム河の河畔から、露営地付近に回送しておいて、潜水艦の浮上を今か今かと待っていた。浮上したことを認めるや一斉に沖の潜水艦に向って発進し、息をつく間もなく揚陸作業に取り掛かるのであった。これは、日暮れの時刻には目の前にあるワウ飛行場から敵機が急発進して、何時激しい攻撃を仕掛けて来るか分らないからであった。
その日、薄暮の海の彼方に潜水艦の潜望鏡が見えた。静かに海面に浮き上がる艦の起てる渦紋が盛り上がって見える。待機していた大発艇は一斉に沖に向う。夕刻の静粛なラエの海上は大発艇のエンジンの音が慌ただしく響き渡った。
それは何時もの様に5、6隻の大発艇が使われていた。

この艇にはラバウルに輸送する患者が乗っていた。潜水艦からは何時もの通り先ず連絡員が艇に飛び乗り、次に医薬品等の緊急品が降ろされた。これと同時に患者が艦に移乗した。この総ての行動は敏速に処理されなければならない。日が落ちたと言っても眼前にはワウの敵飛行場があり常にラエの動向は監視されているのだ。
米の入ったドラム缶は浮き上がると同時に潜水艦の乗組員の手で縛り付けたテープが切り離され、それは直ちに艦上から海中に転がり込んで来た。(つづく)
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