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2010年8月27日 (金)

医者通い続く

夜半少し雨が降ったらしい、ベランダが濡れている。

随分珍しい。6時の気温は27度だが、温度に拘らず涼しい。

雲が多いから日中このままなら少し楽かな。

午前10時過ぎ三島歯科に行く。先日抜歯しかけた歯は抜かないように頼みそのままにしてもらう。

前歯の残った8本だけで結構食事が出来るから、何も入れ歯を入れる必要はないと主張したわけである。

結局先生もその主張を認め8本の前歯の補強をして終わる。

ただ次の機会に問題の歯の状況を見て、かぶせることが出来れば元通りかぶせて入れ歯が使えるようにしたいと言って帰される。

条件つきと言うわけである。

夕方薬が切れるので、内藤内科に出かける。

血圧が低すぎるらしい。看護師二人が変わり合って計るが変わらない。95-50といったところらしい。

立ちくらみのせいでしょうという。先生もなんなら点滴をしましょうかという。断って帰る。来月心臓の検査をするとも言う。

ぼつぼつあの世への支度が気ぜわしくなったようだ。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その64

   大発艇によって海峡横断を試み、続いて本格的な輸送作戦に入る

昭和18年4月に入りラバウルから東部ニューギニア南部地区への兵力輸送は、輸送船は勿論の事駆逐艦によっても困難な状況になっていた。4月2日の東部ニューギニアのフィンシハーヘンへの駆逐艦による輸送作戦は失敗に終わり、海峡輸送は大発動艇でする事のみに頼らざるを得ない状況になっていた。

だが、3日に一度の潜水艦による米等の食糧輸送は続けていたが、兵力の輸送は専ら大発艇に依存せざるを得なかったのである。

そこで、駆逐艦による兵力輸送は更に一歩後退して、海峡の北端にあるラバウルとの陸続きのニューブリテン島西北端に位置するツルブ地区から輸送を実施する事に変更した。この時期でのこの海峡の制空権は完全に敵の連合軍の手にあった。

本来大、小発動艇は上陸作戦の時、輸送船が進入した泊地において船と陸地との輸送を担うものであった。長距離輸送用として、いや、ましてや大洋を航行する様には建造されていない。従って僅か10t程度の艇で数100kmに及ぶ海洋を横断するのだから、その労苦は大変なものがあった。

(つづく)

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