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2010年8月18日 (水)

甲子園の熱闘

昨日に変わらず好天気。といっても好ましいわけではない。
9時を過ぎるともう耐えられない。

岩国市役所が来るというので、少し部屋の片付けをしない訳には行かない。ちょっとばたばたするだけで汗が噴き出す。
応接間兼寝室が窮屈なので、棚を整理する事にして音楽カセット棚を先ず整理を始める。

予定より小1時間も早く岩国市役所の職員がやってくる。
手早く片付けてくれたので良かったが、早すぎた来宅に、当事者の家内はちょっと慌てた風情だった。
それにしても昭和28年頃の土地収用代金が今頃清算されるなどとは、官庁のスローモーぶりにあきれ果てる。

甲子園の炎熱下の激闘はすさまじい。攻撃力の関東一高は思いもかけず成田高校に先手をとられて先ず敗れ、よく踏ん張って勝ち上がった聖光学園はやはり興南の打力には及ばなかった。

春夏連覇を狙う興南の野望は実現するか、ベスト4の熱闘が見ものである。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その57)

毎度のことで隊員は大凡日没30分前に浜辺に出て、潜水艦が何時浮上しても直ちに揚陸に応じられる様に気持ちを引き締めて待機していた。艦が浮上したら直ちに対応し、何時もの事ながら接舷して最短時間で作業を終了させなければならなかった。
いつもながら沖に出て見えるサラモア半島に映える夕日を眺めながら、浮上して来るであろう潜水艦を待っていた。

突然「潜水艦だ」という叫び声に咄嗟に沖を見ると、静かな海面にニョッキリと潜望鏡が突き出ていた。今日は馬鹿に早い到着だと思いつつも、各艇は直ちに全速で発進し沖合の潜水艦に向った。
見る見るうちに潜水艦はその全貌を海面に現した。今迄静かだったラエ沖は一瞬にして舟艇のエンジン音で騒々しくなって来た。大発艇からもあい綱が潜水艦に投げかけられた。艦の乗組員は素早くこの綱を舷側の欄干に括り着けた。艦上に括り着けられていた米のつまったドラム缶のロープが切り離された。

一方艦内からは狭いハッチの口から連絡員が上がって来て、医薬品等が甲板に送り出され舟艇に積み込まれた。艦と大発艇の乗組員は共に一体となって、手早くこの作業を片付けようと行動していた。敵機のことなど全く意中にもなく懸命に作業をしていたが、作業半ばにして突然甲板上でただならぬ動揺が起きた。咄嗟にこの騒ぎは敵機の不意打ちの襲撃だろうと思った。甲板で作業していた乗組員たちは艦内に雪崩れ込んだが、それはほんの一瞬の出来事であった。(つづく)
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