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2010年8月26日 (木)

悼む心

朝6時気温25度、やや低い。

しかし日が昇るに連れ急上昇。

正午には相変わらずの暑さ。

日の足はもう50cmも窓際から延び込んでいる。

部屋にはもうじーっとしては居られない。

急ぎ下階に下りる。

日記は下のパソコンで続ける。

膝の痛みは未だじわーっと残っている。階段を下りるときやはりかなり気を使わなくてはいけない。

ギクッとやったら、元の木阿弥である。

テレビで若者たちが飛んだり跳ねたりしている.羨ましい限り。

86歳のばあさんも踊っている。

元気だった妹が突然髣髴として浮かび上がる。

小さいときから私より活発だった。家の中の拭き掃きも私より敏捷だった。憎たらしくよく喧嘩もした。

田舎に帰っても山川はいっしょでも語る話題も相手ももういない。

明後日はお寺での法事に出かけなくてはならない。

なぜ私より早く死んだんだ。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その6

人はこの文明の時代に擱座した潜水艦をドラム缶にて助けるなど、大それた考え方だと人は笑うかもしれないが、これは不可能を可能に変える努力であろうと思う。しかしこの事件、このことを通じて陸、海軍の隔たりなど全くなく、その心が通じ合ってした行動にほかならないものと考える。

二度と会う事の無いだろう者達がお互いに喜び感謝し合って、手を振りながら別れたが、私は艦が離州した時に海が山の様に盛り上がり、岸辺に躍り込んで来た大波が今でもしっかりと瞼にやきついている。そして次の瞬間、岸辺近くに座礁している艦の前半分がじわじわと動きだし、その後一気に海中に滑り込んだ光景は、今後一生忘れない光景であったと思う。

この伊号第176号は昭和17年に竣工した新しい艦であり、排水量は1500tというから中型の潜水艦だといえる。

この事があった後、此の艦は内地に一旦帰還し修理を行い更に出陣したという。そして、昭和19年2月11日に南溟の果てソロモン海域で沈没したと聞く。僅か2カ年という短い生涯だったと仄聞している。(つづく)

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