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2010年7月 8日 (木)

思いがけず義弟と旧交を温む

何時もの様に霧の朝だが,いくらか明るく雨の気配は薄い。午前6時気温22度、湿度73%。
今朝は森藤さんへのお見舞いに出掛けるつもりだが、先に都合を電話で確認するので,決定はそれからだ。
何もこちらから話す事は無いが,但話を良く聞いてあげたいということ。
ここ2、3日立ちくらみが気になるのだがしかたがない。もちろん家内に助けてもらっての行動になる。

葬式以来公式の行事などは家内に任せて、一度も訪問した事が無かったのはまことに申し訳無い。深くお詫びをするつもりだ。もっとも春ちゃんのお墓には家内にせかれて,5度参詣したが20年間に5回だから多くはない。しかし分り難いあの山の中の墓地はもう訪れる事はないだろう。4年前小百合等に連れて行かせたのが最後と言えよう。
取り付け道路の1km以上の一人やっとの小さな山路は,雨の為に掘り崩され、剰え滑り易い赤土土壌で,一度も夕立にあって帰り道で随分苦労した覚えがある。もう無理だ。

10時半頃着いて、待ってましたとの歓迎の態で迎えてもらう。
若くて体力のあった薫くんのこと、胃に穴を開けて人工注入だけでもう8年も生存を続けているとの事。
人間の生命力そして現代医学の進歩、話を詳しく聞くと、まったく驚嘆するばかりである。
人間共よ生命を粗末にするなと心から叫びたくなる。
今までの日本人は特にひどかった。もう馬鹿な事はやめよう。

12時まで歓談がつづく。墓道の補修のこともは昔は部落総出で行われたのだが,今は何処も同じ過疎に悩む部落の事分っていても何ともならないとの話。

当人たちが知らぬ間に、身近な人々は皆それぞれの思いで,故人の魂を慰めていた。
こちらのささやかな、春ちゃんに寄せる思いが何とか分ってもらえたようだった。

昼は近くのさざん亭で食事をおごって貰ったりして別れる。
田賀にも立寄り1時間ばかり居て帰路に着く。思いがけず疲れずに一仕事済ました感じで一日が終わる。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その21)

先頭の敵機がやや高度を下げて爆弾を投じた。最初の爆弾は旭盛丸の左斜め前方に水煙が高く立ち昇ったが、次々に投下される爆弾は忽ちにして本船に近い所に落ちてき始めた。
敵機は旭盛丸を最初の目標にしているらしい。敵の編隊は先ずこの船団の一角を崩す事を狙って、先頭の旭盛丸に集中攻撃をかけてきたと思った。当時旭盛丸は二列縦隊で進む船団の、左の列の先頭をきって前進していたのである。
数発目の一発が左舷の数米先に落下して、船は大きく衝撃を受けて激しく揺れた。その瞬間続いて落下してきた爆弾が1番ハッチと2番ハッチを同時に直撃した。後々の記録によると8時15分に被弾したと書かれていた。

耳を突き破る爆風と衝撃とによって、船上に積んである資材も人も吹き上げられ、甲板上に打ち付けられた。同時に1、2番ハッチから真っ黒い煙が立ち昇った。
ブリッジは2番ハッチのあふりを食って前半分が引き千切られふっとんでしまった。今まで平穏であった船上は一瞬のうちに騒然となり、目の前が真っ黒になる様な衝撃を受けた。

敵編隊は悠々と煙の立つ中を轟音を残しながら飛び去ったいった。
2番ハッチの上には大発動艇が二段に積載してあった。蛙を押しつぶした様に支柱が折れて飛び、ペシャンコになっている。
暫くするとハッチに積み込んであった弾丸が火に巻かれて誘発し始めた。
(つづく)
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