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2010年7月26日 (月)

藤沢周平作品の映画を見る

昨夜は雷予想だったが、2、3度ゴロゴロと鳴ったがそれきりで、固唾を呑んで待っていたがとうとう空振りに終った。
今朝は朝から暑い。気温は早くも6時現在27度である。

今日はこの地区一帯の配電線工事で10時から16時まで停電とある。
車の通行もどうやら難しい。クーラー、冷蔵庫、扇風機まで使えないとあると、逃げ出す以外にない。

昨夜からどこへ行くか夫婦で思案したが、山にでも逃げるか、クーラーの効いたデパートあたりしかない。
久しぶりに映画でも見るかと思ったが、縁の薄くなった映画館何を見たら良いのか皆目見当が立たない。

マア仕方がない、どこでもいいから、ぼつぼつ支度するか。

11時半過ぎに家を出てアルパークに行く。北棟の映画館に入る。
藤沢周平の『必死剣鳥刺し」というのをやっていた。筋は小説を耽読しているのでよく分かった。
大型のスクリーンで見る映画は迫力があって素晴しい。十分堪能出来て満足して帰宅した。
それでも少し早すぎて、工事の車の邪魔をすることにはなったが。
休日ではないので観客は少なかったが、デパートに廻ってみると今度は夏休みだからか子供連れが多く煩わしかった。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その38)

自分の隣に資材中隊の兵が瀕死の火傷で苦しんでいる。「水、水を呉れ」とうわごとを言って呻く。他の者が「水を飲ませるな、飲ますと死ぬるぞ」と叫ぶ。しかし、死に水を求めているのだろうか。やがてうつらうつらしていたが、何だか静かになったと思ったら、「あっ、死んだぞ」と騒がしい声。見れば私の水筒をしっかりと握り、口に宛てがったまま死んでいた。私はあ、あ、しまった、水筒を隠しておけば良かったと思ったが後の祭りであった。夜明け前に前歯を遺骨として残して、遺体は戦友たちの手によって水葬に付された。

負傷兵たちの血と膿の染み込んでいる包帯から発する嫌な臭いに包まれた艦内の薄暗い部屋であったが、支給された朝飯の握り飯を食べてやっと人心地がついた。

この駆逐艦は再び輸送船団の護衛に帰り、ニューブリテン島の西北端部でダンピール海峡の北口グロスター岬を左に見て南下を続けた。

この時は既に3月3日の拂曉近くになっていた。一方船団はどのような状況であったかというと前日の3月2日に3回に亘って敵のB17爆撃機編隊の攻撃を受け、かなりの損害を受けながらも沈没は免れて予定通り一路ダンピール海峡を南下して、ラエに向って航行中であった。
(つづく)
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