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2010年7月12日 (月)

スペイン初優勝

早朝2時過ぎから始まったワールドサッカーにスイッチを入れる。
決勝戦とあってか、固さが見られたが、オランダ、スペイン両者の必死の攻防は正にもつれにもつれた、ファウルが続発した。両者ともゴールキーパーのスーパーチャージに救われる事二度三度、0対0のまま延長戦に入り、後半残り数分でPK戦に入るかと思われた瞬間、攻め込んだスペイン勢のパス回しの最後の最右翼のNO.6の放った強烈なシュートが、キーパーの手先をかすめてゴールの反対隅に突き刺さって万事窮した。
120分の戦いの残りはもうなかった。オランダ側に警告2枚で退場者が出て、後半10名で戦わなければならなかった事も不利を招いたかも知れない。
善戦敢闘決勝にふさわしい戦いだった。

終ったのはもう6時を過ぎていて眠る事も出来ない。
睡眠不足のママ今日が始まる。

参議院選挙は自民党の圧勝に終った。前回の衆議院選の揺り戻しであろう。国民は浮気なもので、少し民主党に入れ過ぎたから今度は自民党にしようという意志が働いた訳。政治の中身はどちらでも大して変わりはないのだから。
ともかく小沢色が一掃されてよかった。今更金権政治でもあるまい。

午前10時車検のため車を木元自動車に持って行く。明日までかかるというので、代車を借りて帰る。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その25)

小泉分隊長が背負ってきた松田上等兵については私は次の記憶がある。運ばれてきた松田上等兵は甲板上に寝かせられた。彼は「中隊長足を切ってくれ」と盛んに嘆願する様に大声で叫んだ。中隊長は一瞬躊躇したが見ると足首の上部の骨は砕けて、やっと皮膚の皮で繋がって居るだけだ。「今切り離すぞ」と大声で彼を励ました。彼の顔は蒼白でそこら中血の海になっていた。思い切って傷口に刀を当てて切り落とした。足首は彼の足から離れて転がった。近くに居た兵士たちが彼を戸板にくくり付けて海中に投げ込むために後甲板に運んで行った。
彼はその日の夕方救援艦朝雲に救助され、3月4日ラバウルに揚陸され、直ちに第九兵站病院に収容されたが、3日目の3月7日に戦病死した。
また全身打撲を受けた辻上等兵は沈んだ船と運命を共にしたかと思った。というのはラエに上陸する姿を見る事も無いし、又ラバウルからの帰還名簿の中にも彼の名前は書いてなかった。

旭盛丸は惰性によってまだ動いていた。船内への浸水は少しづつ増えて行き左舷側への傾きがひどくなってきた。ふと回りを見回すと兵士たちが飛び込んでいるのが見え、これにつられて他の兵士たちも次々に飛び込み始めた。
船上の悲惨な光景を目の前にした兵士たちは、最早一刻たりとも船にとどまる事が出来なかったのであろう。「退避」との命令が出るまでは絶対に船から離れては行けない、と平素から厳しく教育もし、また命令も達してあるに拘らず此の状態である。これは船が動いている間に海に退避すると、戦友と離れ離れになって仲間を見失い、太洋の中でひとりぼっちになってしまうからである。広い海原にあって孤独になってしまうことは、最も警戒しなければならないことであるからだ。そして海中では適度に集結して互いに激励し合う事が生き残るための要件であるのだ。
(つづく)
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