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2010年7月14日 (水)

愛車の車検これが最後か

昨夕6時頃札幌の山崎さんから電話がかかる。突然の事で驚く。テレビで大雨の情報を見て心配して掛けて来たようだ。私の家が出来たばかりの35年くらい前に,建築士である彼に建前などを見てもらう為来てもらった事があって、私の家を知っている友人のひとりである。
彼も元気で孫8人、曾孫4人と恵まれて楽しく暮らしているらしい。昔お世話になったからと云って心配して掛けたと言う。有り難い事だ。

今朝も昨日からの雨がざーざーと軒端を叩いている。テレビは九州地方の洪水の様相を丁寧に映し出している。
どこまでつづくやら。このまま大水害となるかもしれない。
時に慈雨ともいわれる雨だが,度を越すと恐怖の魔神と化す。

昨夜車検が終わったからと電話が入った。今朝取りに行かねばならないがこの雨ではと気が重い。
車検料¥62000.この車もこれが最後だろう。
最近では昨年11月さざん会に出席したとき、浜田、益田、山口,防府と300kmを一周したのが、最長距離だった。
もう長距離は無理だろう。
2年後の車検,3年後の免許更新、いずれも返納ということか。それとも死のお迎えが先か。

大雨のせいか道路の渋滞がひどく,車を取りに行くのも楽ではない。
やっと何とかくぐり抜けて帰宅したらもう正午。歩いて行く程時間がかかって大草臥。
軽く食事を済ませるとすぐベッドイン。
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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その27)

相変わらず砲弾は間断なく誘発を繰り返し船倉の中は黒煙が濛々と充満して近寄る事は出来ない。負傷者は見つけ次第元気な兵士に担がれて右舷に運ばれて行く。
当初負傷者は一人一人吊り下げていたが、今はその余裕もなくなった。戸板に括りつけてまま海中に投げ下ろす。戸板が裏返しになるのもあるがそれをかまっている余裕は全くなかった。生も死も投げ入れる一瞬で決まる。表が出れば生、裏が出れば死である。しかし表が出ても生きるという保証はなにもない。烈日の大陽をまともに受けて漂流すれば、命は何時間と保たないであろう。船に残っていてもいずれは沈む船と運命を共にしなければならない。元気な者は生き残っている負傷者に対しとり得る処置にも限界があった。負傷者に対し詫びながら彼等を次々に海中に投げ入れていった。戦友を助けるためだと言いながらこんな方法しかとれなかったことはなんとしても惨い仕打ちであった。

船は最悪の状態となって、右舷は海面すれすれに傾き、左舷側は船の赤い横腹を剥き出してきた。これは恰も巨大な怪物が眼前に迫って様であった。最早スマートな船の姿は目の前には見られず、捕鯨船の銛を打ち込まれて曳航されている鯨にも似ている哀れな姿をしていた。予想外に船の横っ腹の大きいのに驚いた。

ついさっき迄の甲板上の騒ぎはまるで嘘の様に静かになっていた。早くも一時間近くたっていたようだが、見渡す限り周辺の海上に船らしいものの姿は全く見えない。
(つづく)
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