« ちょっぴり歩く不安 | トップページ | オランダ先ず決勝へ »

2010年7月 6日 (火)

今年何度目か植物園

珍しく目覚めが遅れて7時23分になっていた。気温25度,相変わらずの霧の朝。
昨夕森藤さんから思いがけなく長文の手紙を頂いた。もうあれから8年になるとか、薫くんの自殺未遂事件。あのまま未だに植物人間をつづけているそうで、なんとも言葉の掛け様が無い。
残された一人の父親として日夜煩もんをくりかえしているのだろう。手紙を読み返すと今更ながらその苦しさが想像されてやりきれない。なにか声を掛けてやりたいが,良い考えが浮かばない。
是非会いたいとも言っている。会って彼の得心がえられるかどうか,老体を鞭打って6里の道を行くのも大変だし。
降って沸いた悩みかも。
こちらが余りにも幸福な余生を過ごしているだけに引け目を感ずる事甚だしい。家内の助けを借りて,見舞に参上するしかないかなと思案を始めたところである。

午前中植物園に出掛ける。客足は少なく見るべきものは殆ど無い。だが、あじさいだけは花盛り。
雨が降ればと家内が言う様に,眺めとしては但しつきかも知れない。しかし一列に並ぶ白あじさいは遠目にも見事だ。
園内の軽食堂でカレーライスを食って帰る。



____________________________________________
(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その19)

午後潜水艦情報が伝わって来たが、当然のものが来たのである。午後過ぎになったと思う、敵のコンソリデーテッドB24型機が高空偵察にやってきた。船団の進路を偵察しているのだろう。この偵察機に接触されると必ず次ぎには戦闘・爆撃機の大編隊がやって来る。これは敵の定石の攻撃法である。

直ちに輸送船は対空戦闘準備にかかる。舟艇部隊は船上の大発動艇,救命ブイその他の救助資材を点検する。大発動艇や折り畳み舟等の舟艇類は湖底資材が外せる様に準備して、これに付くための人員を甲板に待機させる。俄に船上が慌ただしくなって来た。ハッチ内に居た人員は全部甲板に上って敵機の来襲を待っていた。
甲板上には足の踏み場も無いほどに救助のための浮遊物が置いてある。夕陽が傾いて来た、もう敵機の襲来の恐れはなくなった。だれの顔にも明るさが戻って来た。

  航行第3日ーー敵爆撃機編隊の来襲
長かった昼がやっと幕を下ろし、何とか今日も無事に過ぎた。海上には夜の帳がすっかり降りて甲板にはしっとりと夜露が降りてきた。月の無い真っ黒な海の暗闇は隊員を不安と緊張から解放してくれ、これからしばしの安息を与えてくれた。
西方の水平線上に吊り星が一つ又一つと落ちて来る。これと本船との距離はかなり遠い。暫くすると吊り星は水平線の下に沈んで見えなくなった。当分の間は夜空を明るく照らし続けたが、そのうちパット消え再び周辺は元の様に真っ暗になった。
照明の吊り星は海面下に落ちたようであるが敵の哨戒機が夜間の探索を始めたようだ。
しかし敵哨戒機は我々の船団を発見する事は出来なかったようであった。

3月2日相変わらず見渡す限り四周には陸地はおろか島一つ見えない。空は南方特有の紺碧の空が広がり、海も又静かそのものであった。この穏やかな景色を眺めつつ今日一日が無事に過ぎる事を祈った。

この南方の晴れ渡ったこの地方では10km近くまで目視が出来る。日本ではせいぜい2、3kmぐらいであるが、この違いは空気の透明度によるものである。しかし陸地や島等が全く見えないという事は頗る心細いものである。
(つづく)
   __________________________Pic_0121

|

« ちょっぴり歩く不安 | トップページ | オランダ先ず決勝へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/48811527

この記事へのトラックバック一覧です: 今年何度目か植物園:

« ちょっぴり歩く不安 | トップページ | オランダ先ず決勝へ »