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2010年6月29日 (火)

はかなきは人の世

朝6時半いくらか日の光が雲の隙間を通して届く。雨雲が遠のいたのかな。
気温25度、裸で居ても気持ちよい。
昨夕出掛けて、人が多過ぎたので帰って来た内藤内科に11時又出掛ける事にする。

昨日に比べて外来が少なかったので間もなく先生の診察となる。腎臓が気になるとかで血液を採取される。
30分で終わり薬局に廻って帰宅、丁度正午ということだった。

家内が千代に電話して、福間さんの奥さんが亡くなられたと聞く。どうやら奈良を訪ねた今月中旬頃らしい。いつも元気で海外旅行のお葉書など頂いていたのに。千代もよそから聞いたらしく残されたお宅がどうなってるのか聞き様が無い。
御悔やみしたいのだが、いずれ訃報が届くだろうから待つ以外に無いか。77才だったという。心筋梗塞とか。
はかなき人の世、何が起きるか分らない。

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(平成20年今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その12)

船団のラバウルの出港予定は2月28日であり、この出港までの10日の間、毎朝中隊員は露営地を出てココボの浜の舟艇の係留場のある小さな桟橋まで歩いて通った。海も空も澄み切った港口であり、又対岸の花咲山の噴煙が高く立ちのぼっている風景は、盆栽のように浮き上がって一幅の絵のように美しく見えた。ガダルカナル島に出発するまでの約1ヶ月間は此所ラバウルで連日連夜空襲を受けたが、この度は不思議な事に全く敵機の来襲がなく、みんな狐に化かされたように感じていた。

こんなに静かすぎる後には,必ず何か異変の起きる前触れではないかと隊員たちは話し合っていたようだ、

中隊の揚陸訓練のためこの地に来て2ヶ月も経たないというのに、もう中隊の殆ど全員が熱帯性潰瘍にやられていた。この時の隊員は普段の生活も又訓練中もすべて半ズボンで過ごしていた。皮膚の露出して居る所には、所構わず蚊がたかってきた。刺されると忽ち大きく腫れ上がり2、3日すると化膿して来る。
体質の弱いもの程特にひどい状態になる。一般にやせ得型のものよりも、肥満型の方が化膿し腫れる度合いがひどく、そして治り難い誠に厄介なものであった。なおこれ以外にマラリアもあったが、全員が既にマラリア菌の保菌者であったので、このマラリアに罹る事は全く気にしなかったようであった。

中隊長は訓練を終わり湾口を通る時には、必ず花咲山の山麓の海岸に艇を着けた。これはそこの砂丘が山頂から噴流して来る硫黄によって、天然の砂風呂温泉が出来ていたからであった。2、30分余り湯気の立つ砂湯に身体を浸していると、数日たつとほとんど化膿が止まるからである。38年以上経った今では、この火山は活動していないようだが、ラバウルの名所の一つが無くなってしまった事は残念なことである。

今思えばこの砂湯は訓練の疲れを癒す為には多大な効果があったし、中隊員の唯一の慰安でもあったが、やがて第81号作戦の出発が迫って来るに従って、この楽しみを享受する暇はなくなってきた。

当時の記録によると、その頃の日の出は4時58分、日没は5時15分であった。起床後朝食までの間中隊員は三々五々連れ立ってよく浜まで出掛け散歩をした。
この近くの係留場には中隊で装備した大小発動艇や高速艇そして装甲艇等が係留してあった。そしてこの艇の後尾から海中を覗くと海底がすぐ近くに見えた。海水は全く澄み切って海の深さが判断し難いのか、竿をさしても底には届かない深さがあった。
日本近海にはこんなに深いのに海底がはっきり見える海はないだろうと思った。そして、当時この浜を歩く事は皆好きだったし、しばしの間、郷里の夢を見るのもこの浜辺であった。

ある日桟橋伝いに歩いていると、澄み切った海底に大発動艇の沈没しているのが見えた。その艇の四周を南方独特の原色鮮やかな色彩をした小魚の群れが泳ぎ回っていた。この沈んでいた大発動艇は吉田中隊より以前に此所に駐屯していた舟艇部隊の残して行った艇であった。隊員は使用している艇の整備には,故障して使えない舟艇の部品を取り外して使っていた。
ある兵士の一人が沈没して海底にある艇の部品は錆びていないといった。半信半疑であったが,事実その兵士が取り外してきた部品は全く錆びていなかった。艇も完全にすっぽりと海没していると錆びない事が分かった。しかし、一旦空気に晒されると忽ちにして発錆して数日経つと使用出来ない事も体験した。
それからは沈没した艇が部品庫代わりとなったが、これは貴重な体験であった。
舟艇は沈没してしまうと敵機も銃撃しないので,沈没した艇はあわてて引き揚げないで,必要に応じて部品を取り出して使えばよかったのである。
(つづく)
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