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2010年6月 4日 (金)

空襲に危機一髪

快晴が続く。朝の気温18度。
今日の物置の建て替えに支障が無くて何より有り難い。
今朝早く塀越しに隣りの上野さんにお目にかかり、上野さんの空き地を利用して,物置の資材の搬入や撤去を了承してもらった。楽に工事が出来る事だろう。

午前11時きっかりにやって来た。すぐ後ろに廻ってもらって仕事にかかってもらう。
53才だと言う職人さん,元気よく愛嬌も良い。3時間ばかりで片付けてくれる。
家内が昼はというと、食べないでするというから、それでは気の毒とのり巻の結びを作って出す。
1時頃私が顔を出すと奥さんに結びを作ってもらってありがとうございました。おいしく頂きましたと礼を言う。

終ってから荷物を又しまい込む。雨にならなくて良かったが暑さには参った。職人も大変だった様だ。

工事の進捗を見ながら、庭木の剪定をする。久しぶりに身体を動かしたので大いに疲れる。
なによりも昨日からのお粥腹だから、底力が出ない。ふらふらになってしまう。
やっぱり老骨は使いもにはならないな。

新しい物置は流石にそれだけの値打ちがある。軽く荷物が収まる。鍵までついた居るが,貴重なものはなにもない。少し立派すぎたかな。

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(今田勇著「西部ニューギニア戦記」より転載)
   突然にグラマン戦闘機の攻撃を受け九死に一生をうる

これは昭和18年9月初旬に回教のムニャリ(祭り)を引き受け、地区の住民たちと祭りを楽しんだ、翌10月8日の朝ガアの隣部落アンガルで起きた出来事である。
私は前日の夕刻このアンガル部落を訪れ、ここの駐在隊員の富坂上等兵と一緒にこの部落のカパラ、カンポンたちとの打ち合わせを済ましてこの部落に一泊した。

この部落のカパラ、カンポンの家を出て約50m離れた部落道に差し掛かったとき、前方の広場に軍服で身を固めた武装した日本兵5,6人が立ち話をしているのが見えた。彼等は何処から何をしに来たのだろうかと話しつつ、プラオの桟橋に向かう彼と別れた直後、突然キーンという音と共に低空で迫ってくる戦闘機の姿が目に入った。私はこれは危ないと咄嗟にすぐ前の道端にあった根元の四方に厚い襞が張っている大樹のこの襞と襞の間に入って身を伏せた。咄嗟に両手で目と耳を堅く押さえた途端に大きな爆発音と共に、尖った小石や薄く削がれた大小の破片が沢山交じっていて、強い硝煙の臭いのする粉塵が全身に降りかかってきた。

敵戦闘機の爆音が遠のいたのでそって頭をもたげて辺りを見廻すと、40mくらい離れた浅い窪地に伏せたまま唸っている富坂上等兵の姿が見えた。驚いて駆け寄ってみると彼の左の尻の肉が爆弾の薄い鋭い破片で浅く削り取られ、その傷口からぶつぶつと血が湧き出ていた。早速に近くに居た住民の手を借りて彼をカパラ、カンポンの家に担ぎこんだ。そこで綺麗な布や手拭で一応止血の手当てはしたものの、全く薬も無く素人の私ではどうにもならないので、急いでポリスマンをガアに走らして島衛生兵長を呼ぶこととした。
そして今一度爆発した現地の確認のため私が伏して難を逃れた大樹のところに行って見ると、この大樹の前側20m辺りの所に3m幅の浅い爆弾の穴が開いていた。そしてこの私が伏せていた大樹の前面に廻ってみると地面すれすれの所から上に向かって2m幅の樹の幹に爆弾の鋭い鉄片や砕けて尖った石塊等が無数に食い込んでいた。もしこの大樹が無かったら私は蜂の巣のように全身に傷を負い、即死だろうと一瞬鳥肌の立つ思いだった。

偶然にこの戦闘機が爆弾を放つ瞬間を見ていた住民の話によると爆弾には小さい落下傘が付けられていてゆらゆらと落ちてきたと言う。これはこの度の爆弾が殺傷力の強い瞬発性のものなので、落下傘をつけてゆっくりと落とさないとこの爆発の余波を機体に受ける恐れがあるので、これを避けるために落下傘を付けるのだろうと思った。
なお私たちが見かけて軍服の兵士たちはすぐ傍らのバナナ畑に駆け込み身を隠したらしいが、姿を隠したものの不用意に立ったままで居たらしい2人の兵士は、もろに爆弾の破片を全身に受けたらしく即死したとのことであった。残った4人の兵士たちは叫びながら慌しく右往左往していた。

何にしても身を隠したというものの、幹の柔らかいバナナ畑にたったままで隠れていたとは論外なことと思った。そして彼等はどこの隊の者か知らないが、最近この前線の島に来た戦地経験の浅い連中だったのだろうと思った。そしてこの突然の敵機の襲撃は遮蔽物のなかったこの広場に立って、不用意に雑談をしていた彼らの姿が敵機に発見されたのだろうと思った。

午後遅く島衛生兵長が到着し消毒と治療を済まし傷が浅かったので一応は安堵した者の、その傷口は酷暑のため化膿し始めていた。そしてこの血の臭いに群がる蝿のために傷口に蛆がわいてくる有様だったので、軽傷とはおもったものの用心してアンポンの病院に後送することにした。早速島衛生兵長に伴われて彼が乗船したプラオを見送ってほっとしたが、日は暮れていたのでもう一晩ここに泊まることとなった。
   (つづく)
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