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2010年5月31日 (月)

バラの花を見て歩く

今朝6時気温14度。日の昇る空が、気付かぬ間にうんと左手に移動し,家の横に廻らねば見えない。西日は家の後ろの庭にいつも夕方強い日射しを注ぎ込む。もう完全に夏だ。
それでも陽気は春にも似てさわやかで気持ちが良い。

足ごなしに何時もの通り植物園に出掛ける。
天気に釣られてか割と入場者が多い。しかし花はバラの他には見るべきものは少ない。
山登りは避けたが、あらましすみずみまで歩き回る。

昼飯を食堂で食べて帰宅。

午後は概ね昼寝。
することはもう他には無い。

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(以下は今田勇氏手記「西部ニューギニア戦記」より)

 労作の手製の牌で長く退屈な夜を麻雀で楽しむ

軍隊にはあらゆる職業の者が入隊していた。そして中には物凄く手先の器用な者も沢山いた。戦闘が終わり駐留すると、隊の各内務班それぞれに室内での遊び道具が作られた。この中で一番多いのはなんと言っても花札とトランプであった。本物そのままに綺麗に色付けし、その上に蝋引きまでしてあった。
次は将棋の駒と将棋盤、そして白黒の碁石と碁盤等であった。
私たちも一応手作りの花札とトランプ一組づつ持っていたが、ここの本部には4人と人数が揃っていたので、何とか4人で卓を囲んでする麻雀、その牌は作れないものかということになった。
いろいろと頭を絞った末、次の材料で牌を作ることとした。牌の材料はチーク材を使いこれを四角に削り手分けしてナイフで4種類、136枚の記号を刻み込むこととした。さいころは鰐の牙で、点数には大中小の貝殻を使うこととした。
約1ヶ月かかって牌の種類が見分けられる程度のものを作り上げたものである。
さてこのゲームをする場所としては事務所裏の倉庫とし、現地住民に対する褒章物資の米、石鹸、布地、帆切れ等を片付けて此処を遊びの場所とした。
この所定期的に夜半から朝に掛けて沖の海上を低空で飛ぶ偵察の飛行艇らしい爆音を耳にすることが多くなっていたので、ランプの光が粗いアタップの壁から外に洩れないように、四周に黒い帆切れを張り巡らして置いた。
本部に4人が揃っている夜には倉庫の両隅のランプに点火してこの明かりの下で開帳する。何とか牌の種類の見分けもついて段々と勝負に熱が入ってくる。この麻雀と言う遊戯は千変万化で頗る変化に富んで頭を使う面白い遊びで、一巡の勝負はかなりの時間をとることも多く明け方に及ぶことも稀ではなかった。夜半に到って空腹を覚えてくると、この倉庫の片隅に吊るしてあり、下から順々に黄色に熟れて行くバナナをもぎ取って腹をみたしたものであった。
なお、この勝負にはこの僻地のバボからセラム島にかけて、全く使い道のなかった軍票を賭けることとしていた。勝負運の強い私はこのときに勝って、かなりの軍票を頂戴したが、その後セラム島から昭南島に転属になった私にとって、この時通過したジャワ島での2ヶ月と昭南島で過した終戦までの3ヶ月間大いに役立たせてもらったことについては、セラム島の本隊に残った三人に対して、この金を使う都度感謝したものだった。
(つづく)
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