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2010年5月 9日 (日)

歌詞不明確な歌い方

暖かくまあまあいい天気が続いて、老人でもまことに過ごしよい。
ありがとうと天に謝したい気持ちである。

たまに見るテレビで、派手に踊りながら、若い人が何か叫びながら歌を歌っている。もっとも歌だか何だか定かではないのだが、節回しがついてるからやはり歌だろう。
歌なら歌詞が付いてるのだろうが、これが皆目分からない。もちろんわかる言葉もちょいちょい顔を出す。

何時頃からこんな風になったのだろう。私の様に戦時中に一人前になったものには、誰にも分る明快な言葉で歌は歌われた。今に残る藤山一郎や東海林太郎などの歌っているのを聞いてご覧。日本人なら誰でも分る筈だ。意味も分るし、悲しみ喜び、苦しみ、寂しさ、なんでも歌に込められていたし、共感出来た。

今頃の歌でそんな感情になれるだろうか。
第一、何をしゃべってるかよく分からないので、感情腺をヒットしない。
ここ何年か、老人だけでなく、皆理解が出来難くなったと見え、字幕が画面の端に表示されるようになった。これが老人には大変なのである。
いい加減目が薄くなってるところに小さい字でちらちらと写されると、虻蜂取らずで感情など起こす暇はない。
先般東京にオペラを始めて見に行ったが、この時は舞台の袖に日本字が表示されていた。
なるほどなと感心はしたが、見る気はしなかった。筋はよく知ってる「トスカ」だったから、歌う言葉を勝手に解釈しながら観賞した。

此の時にも思ったのだが,いたずらに字幕を使うよりは、歌う前に詩を朗読させるなり,大意を話して聞かすなりすれば、どうだろうかと思ったりするのである。
時間がかかり過ぎるからと反論があるだろうが、訳の判らない歌を聞くよりはずっといいと思う。

又現在でもさだまさしなどの様によく分かる歌い方をしている人もいるのだから、皆がそのつもりで歌ってくれれば文句はない。

折角歌い,聞いてもらいたいのであれば,そのくらいの工夫や努力は歌手本人が当然すべきであると思うのだがどうだろう。

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