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2010年5月29日 (土)

セラム島を横行するバビー

昨日と同じ様な天気,気温も終日上がらず、4月下旬のそれだという。

昨夜は小指の爪が布団に引っかかって先の方が剥がれてしまった。あ,痛っと思ったがもう遅い。すぐ起きでて赤チンを塗る。テープでぐるぐる巻きにする。
副腎皮質ホルモン多用のせいらしい。皮膚に全く粘りがなくなってしまった。
又入浴が難しくなったなと悔やむ。

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(今田勇著「西部ニューギニア戦記」より)
セラム島を我が物顔に横行するバビー(野猪)に驚く

このセラム島はほぼ四国くらいの面積の島。大部分は未開地の山とジャングルで住民は海岸沿いに点在している平地に集落を作って住んでいた。彼等は漁業や農業をそれぞれに営んでおり、漁業ではいろんな手法で魚を獲り、農業では主食の澱粉を採るサゴ椰子の増殖と管理の他タピオカ芋、甘藷及びバナナ等の栽培とこの他に副食としての各種の野菜の生産をしていた。
なお、家畜としては山羊を飼育し、鶏を放し飼いしにしていた。高い木の枝に椰子の葉で編んだ籠をぶら下げておき、ご苦労にも木登りをして空高く飛び回る放し飼いの鶏のこの籠に生んだ卵を取っていた。なお付言しておくとこの辺りの鶏は野生に近いので、自由に空を高く飛びまわり夜は大きな木の枝にとまって寝ていたようだ。

この島の東端のカンポン村ガアの隊本部に住み始めた数日後の夜半宿舎裏にあったサゴ椰子林でがさごさ大きな音がした。そっと窓越しにのぞいてみると100kgにも及ぶ大きな野猪とぞろぞろとその後ろにくっついて餌を漁っている5匹の子猪の群れが見えた。親の猪が強靭な太い鼻先でサゴ椰子の切り株を突き破ると、子猪はこの切り株に残っている澱粉を含んだ髄を争って食べる微笑ましい光景が見られた。その後この猪の群れは夜だけでなく昼間でもサゴ椰子林の周辺で屡見かけることが多く、私たちが近寄って行っても全く逃げる気配さえ見せなかった。
この様にこの島で全く人を恐れない猪の群れが横行しているのはこの島の大部分の住民が信奉する回教から生じた現象であった。この島の住民の一部キリスト教徒もいたようだが、大部分の回教を信奉していた者にとってはこの宗教の戒律で角のない豚類は不浄な動物でこの肉に触れたりまた食べたりすると体が腐って行くと信じていた。
このためこの島では昔から猪は追わず、捕らえず、殺さずで増えるに任していたようで、野猪は全く人を恐れることも無く我が物顔に横行するようになったわけである。
当初私たちは回教にあらずといって一度こっそりとこの肉を食べたところ、紺の焼肉を入れた皿等は良く洗ったつもりだったが、これが何となく臭いが残っていたのか、私たちの食事その他の雑用をしていた船員たちが先ずこの脂が付いたと思われる食器等には全く触れようとしなくなった。このために食事の後始末等は自分たちでしなければならないことになってしまった。
また他方住民たちも何となく気配を感じたのか私たちを避けているようになり、これでは隊の任務にも支障をきたすのではないかと思った。そして、その後はこの肉には一切手をつけないことに腹を決めて実行したところ暫くして彼らとの仲も以前の姿に戻すことが出来、やれやれであった。
この僻地での蛋白源としては最高のものであった野猪の肉今にして思えば何しても勿体ないことだったと思っている。
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