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2010年4月11日 (日)

肥後の人

雨の朝,良く降るなあ。ポストの内部に人工芝を張ったのが当たって、昨夜届けられた雑誌も新聞も濡れずに済んでる。
ちょっとした思いつきなんだが。

今朝方雨のせいでもないのだが,4時に目覚めて何だかむしむしして眠れない。温度計を見ると22度もある。
布団を一枚剝ぐ。
CDを掛ける。ショパンの1番、美しい音色に却って目覚める。
そのうち何時とはなく寝入る。7時10分起床。
未だ外は雨音がやかましい。

体調相変わらず悪くない。死ぬ兆候などまるで感じない。
嬉しい様な,困った様な、朝っぱらから妙な気分。

今朝届いた文芸春秋に細川護煕元首相の寄稿が載っている。
未だ健在なんだなと気になり、ちょっと読ませてもらう。

幽斎から18代目、足利義満時代の管領細川頼之の弟頼有を始祖として26代目ともいう、永く続いた大名という家柄、さすがに我々とは桁が違うな。歴史に何度も浮かび上がってくる数々の代々の人物、よくぞ恵まれたものだと思う。

私が一番感心しているのは、信長が明智光秀に弑されたとき、その妹ガラシアを奥方に迎えていながら、その味方に加わる事を拒否し,主君の仇討ちに廻った秀吉方に付いたという一事である。
この時の決断は幽斎と忠興親子によってなされ細川家安泰の正に基盤となった。

本人が語られる様にDNAが余程すぐれていたのだろうな。
現代に生きている肥後人の独特の気魄の中にも繋がるものがあるのであろう。
私には同じ世代の肥後人の部隊の戦場での凄さに、なんどか驚嘆させられた経験が、未だに色濃く記憶として残っている。

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