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2010年3月 2日 (火)

天の摂理は時にむごい

藤本へのお悔やみに出掛ける。おばあさんは転んで腰の骨を折り、しーちゃんは腹に腫瘍が出来て手術し、その退院と同時に娘の介護に当たりながら、間もなくちょっとした仮眠の隙に娘の魂魄は飛び去り、死に目にも逢えなかったという悲惨事だったらしい。
哀れ過ぎて慰める言葉も出ない。こんな事ってあるんだな。神は時に惨い仕打ちをなさるものである。

おばあさんは現在の病院から、近く近所の病院に移ってリバビリを続けられとか。もう百才に近い老齢だから完治の保証はなさそうだ。
私ら夫婦は今は至極元気で楽しく暮らしているが、何時こんな惨めなことになるかわからない。
日頃余りいいことはしてないから、満更他人事とは思えない。くわばらくわばら。
一寸先は闇というが、正にその通りである。
とにもかくにも、若い者が先に逝くという不条理は納得が行かない。
天の摂理が恨めしい。

帰路田賀により今年始めての仏前参りを済ます。
帰宅したのは午後5時だった。

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2010年3月 3日 (水)

我が子孫に始めての男の子

隣りのAさんのお宅がほとんど留守をしておられ、訪ねても、電話しても留守らしく、連日連絡が取れないで困っている。というのは次ぎの班長が隣りの番だからである。
去年も連絡が取れず、前班長の矢吹さんからの懇請で私のうちが承ったのだが、次も飛ばす訳に行かない。
先となりのBさんからは順番通りにして欲しいと注文を受けている。

やむを得ず下の車庫にある車にその旨を張り紙して強硬手段を今朝取った。何とか返事があるだろう。
他から聞く所によると、田舎の母親が具合が悪く、しょっちゅう行来して居られるらしいのだが、私の方は何も聞いていないし、様子が分からない。勝手な推測で処理出来ないし、町内会長には20日までに書面報告する様に言われていることだから。次期町内会長など6役は先日やっと決めた所だが、一番簡単な筈の班長職には思いがけず手こずる。

こんな事は昔戦時中などは文句無しだったが、民主主義の世の中なんて煩わしいばかりである。

10時過ぎに2番目の曾孫の顔を見に出掛ける。
眠たそうでなかなか目が開きそうにない。
小さいがやや長手の男の子らしくきりっとしている。愛嬌はまるでない。女の子と違うなと、始めての男の子の印象を強く認識する。
名前は”はるま”字にすると”悠真”と難しい。どんな子になるやら、楽しみ、いや心配。

何か食事の加減かやけに身体があちこち痒い。最近珍しい現象だ。

午後5時近く天地の間すっぽりともやに包まれて、足早に暮色が近づく。
明日の別府ゆきが案じられる。

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2010年3月 6日 (土)

Jリーグ開幕、サンフッレッチェ無念の引き分け

3月4日(木)降ったり止んだり
小雨の中を家を出る。広電で楽々園まで行き,バスを待つ。20分遅れて到着、寒さにいらいらする。
総勢41名。他に添乗員2名と運転手。後は順調に推移。
中津辺りから霧が濃くなり、視界は全く悪い。とうとう高速道路は通行止めのため国道などを行かざるを得ず、1時間ばかり損をする。
4時宿舎の鬼山ホテルに到着。
何度も来ている別府だが、温泉だけは何処の宿ももう素晴しい。
もちろんこれのみを目的に来たので他の事はどうでもよかった。
人並みに地獄巡りに1時間程参加、血の池地獄と、海地獄を廻る。
宿に帰ると直ぐ入浴。夜半11時頃2度目、朝7時3度目と都合3回に入浴する。
油気はすっかり取れて、さっぱりする。何より乾癬のカユミが取れてよかった。
今回の旅は一万円そこそこの費用だから、温泉に入れただけで十分満足。

3月5日(金)曇
思いがけずどん曇ではあるが雨は降らない。お蔭で傘は持参したが、昨日今日と一度もさす事はなかった。
幸運だったとしかいいようがない。
相客とも仲良くなり、いろいろ世間話を聞かせてもらって大いに退屈しのぎが出来た。
私より丁度10歳年下の五日市に住む男性で、良く気の利く人で随分助かった。
2日間全部隣り合わせだったから、都合がよかった。また是非逢いましょうと言って別れたが、名前も聞かなかったし,言いもしなかった。まあ生きられるかどうか、先立つものが大変で約束は出来ない。

帰宅してさすがに疲労の深さを感ずる。一風呂浴びたのが精一杯、すぐバタンキューとなる。

3月6日(土)雨
朝目覚めるとザーザーと音を立てての雨。
やれ助かったなあ、と感慨ひとしお。
何もする気はしない。もう一度睡眠のやりなおし。

12時過ぎ家内に食事だと起こされる。いつのまにか雨は止んでいる。
食事中土田君から電話をもらう。何か送ってくれたらしい。
相変わらず元気な声を出している。すっかり健康を回復したらしい。嬉しいことだ。

留守中の新聞に同窓で一期下の松本君の事が”生きる”欄に連日掲載されているのを家内が見て教えてくれる。
水戸君や土田君らも関係が深かったと聞いている。不思議な因縁だ。

Jリーグ開幕、サンフレッチェは地元にエスパルスを迎えて,どちらもファウルのチャンスを生かして1点づつを揚げ、引き分ける。
どちらも得点力が乏しいチーム同士、先行き苦労しそうだ。

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2010年3月 7日 (日)

外人観光客

気温8度、このところ毎朝此の程度の暖かさがつづく。過ごし良い。
殆ど日は射さないのだが、かっと苛まれる様な暑さがないだけに老人にはちょうど良い。

長時間窮屈なバスの席に座り放しだったせいか、いくらか足腰の調子が心もとない。
ふらつくのでもないが、まっすぐ歩き難い。杖をついて歩かないとだめかな。
転んで骨折する人の話を聞く事が多い。それも家の中で転んだというのが藤本のばあさんや横山君など少なくない。
私も一番気にしている。何度か転んだからである。骨折まではいかなかったが,打撲傷の痕は数多い。
せっかちに行動しようとするのが一番悪い様だ。努めてゆっくりということにしているのだが。

旅行して気づいたのだが、老人や障害者向けに段差が除いてある場所が多い。親切心から出た事はよくわかるのだが、傾斜が自然に多くなって滑りはしないかと気になる。気にし過ぎると逆につまづく。過度に滑り止めをつけているからである。普通の道路でも、温泉の風呂の中でも、滑らなすぎるようである。
私の歩き方が問題なのであろうか。

いつかも浴場のなかで床が引っかかって転んで怪我をした。とげが一面に敷かれた様な床だったな。尻餅付いた拍子に尻にとげが刺さって血が噴き出した。

今度の旅行でもう一つ気づいたことがある。湯布院の散策中訳の判らぬことを言ってる人が多いのでアレッと思ったら外国からの人たちだった。雨の日で客足が少なかったせいか、半分ん位は外国人だったのでは。
最近は市内の宮島でも外人が目立って来ている。白人は毛色も違うから文句無しだが,同色のアジア系はしゃべってみないと判らない。隣りに来て急にしゃべられるとどきっとする。
ほんとに増えたなあ。いいことではあるのだが。

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2010年3月 8日 (月)

ブログのこといろいろあり

少し冷えて朝6度。
昨日土田君からいただいたカレイ多すぎて食い切らんから、娘の所に半分分ける事にして出掛けることにする。電話を家内が掛けるが誰もいない。明日にする。
郵便局に行き、東京の娘の所へお祝いとココログを送ってやることにする。行ってみると駐車場がいっぱいで入れない,仕方がなく近所のスーパーに行き,パンとみかんを買い車を置かせてもらう。
休みが明けると、隠居老人でも結構忙しくなる。転ばぬ様にしないといけない。

モーツァルトの曲は楽しいなあ。今私のCDプレーヤーはピアノ協奏曲第24番をやっている。
どれもいいがピアノ協奏曲の20番以降は特にいい。心が洗われる。
家内の出掛ける支度がまだまだだから私はパソコンをいじる。これが私の流儀である。
待ちつ、待たれつである。

一昨日寝ていてふとんを蹴り上げた拍子に足の親指の爪が少しはがれて痛い。絆創膏でよく括って,湯が入らない様にして昨夜風呂に入ったのだが、なんだかしくしくする。
いつか何処かの医者に少々の怪我は風呂に入っても化膿することはない、といわれたことを今でも信じて行動しているのだが,今回は駄目かな。
朝起きてアカチンを塗っておく。駄目なら医者に行き爪を取るのかな。
まだうずいたりはしないから大丈夫だろう。

友達から君はブログ、ブログと良く言うが、ブログとは一体何だと電話して来る。
はてな、なんだっけ、一瞬戸惑う。簡単に説明出来ない、わかったか、わからなかったか、結局おわったのだが。常識の説明は難しい。
彼は辞書を見たが出てなかったという。どんな辞書を見たのか,私にはそれが不思議である。

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2010年3月 9日 (火)

NHK受信料の再登録

朝気温3度、かなり勢い良く降り続いている。ここ暫くお天道様の顔を拝まない。
こんなに永くなると親よりも恋しい。

お天道様でも,お天皇さまでもおいでになる事がわかればよい。定かでないと、分っていても不安なのである。
人類出現以来、受け継がれた遺伝本能がそうするのだろうか。

最近腰が曲がらなくなった。曲げるとぴりぴりと痛む。腰の蝶番がきしむ感じである。
靴下を履くたびに思い知る。爪を切る時は尚更である。
こんなになってまで生きてることが情けない。

テレビの衛星放送受信の登録確認の字幕が出て邪魔になって仕方がない。家内が見もしない私にまで苦情を言ったりする。
調べると、新しい受信機にしたので再確認するらしいことが分りパソコンで再登録する。購入した店の名前はいいとして、担当者名、電話番号まで聞かれて慌てる。

いろいろ悪い噂が横行し、議会で追及されているので、厳しくなったのだろうが、デジタルに文句無しに切り替えるやり方は,政府がやらすのか、NHKか、将又メーカーなのか、庶民には納得が行きかねる所ではある。

2重3重の料金徴収などといった事は金輪際やって欲しくはない。年金といい,税金といい余りにも善意の国民を苦しめ過ぎていはしないか

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2010年3月10日 (水)

曾孫二人に面会

今朝も3度、変わらないが昼の最高温度は6度と表示している。どうやら一日中寒そうだ。
昨日は雨の中娘の所に出掛けて二人の曾孫を同時に見る事が出来た。
どうも母系の爺婆の方がこんな点は得な様だ。別々の家に嫁に行ったのだから当然と言えば当然なのだが。

こんな赤ちゃんでも,男女の差が歴然としているのに実は内心驚いている。顔つきしか見ないのだが、はっきり違うもんだなあ。

早く生まれた彩寧はもうちゃんと返事が出来る。簡単な受け答えは出来始めた。自分の名前は勿論はっきりと言える。これ又驚きである。まだ1才7ヶ月というのに。
聞き分けも良く素直である。全く申し分無い。
直ぐ逃げていた私にも笑顔を向ける様になった。まだ抱かせる所までは行ってないが。

もう一人の男の子はまだ目がはっきりとは見えないだろうが、じーっと抱いてる母親の顔を眼を開いて凝視している。覚えようとしているのだろう。

東京の孫は大学合格のお祝いにハワイに連れて行ってもらうという。今頃の子はいいなあ。
大学へ入っただけでは何にもならないのだから、しっかり勉強して人生行路を誤らない様、単に学問だけでなく、広汎に人間のあり方を学び取って欲しい。
苦労することが何より大切なのだよ。

1週間ぶりにやっと隣人と連絡が出来,家内が班長の職務受け渡しを相談する。
田舎の両親のことで留守をする事が多く、受けられない意向を縷々述べられる。
仕方がないので次の順番の方にお願いに行く事になる。
次期町内会長に相談に行ったり家内は大奮闘である。
町内会を脱退するなどと発言が出たりしたそうだが、出来るのだろうか。もちろん住民登録を移転すれば可能ではあるだろうが。

人間の社会は一筋縄ではいかない。特に民主主義というのは曲者である。何時も言う事だが権利は主張しても義務責任は果たそうとしない。いや義務はないと皆思っている。

今日のサンケイによると慶応大学で囲碁が正規の講義になって単位が取れるとある。
何博士になるのだろう。

又同じ新聞で、此の次の参議院選挙はツィッター選挙になるだろうと曾野綾子さんは仰っている。
今猛烈に流行っているツィッターが麻薬の様に蔓延り、政界を巻き込んでいて中傷合戦になりつつある、というのである。
私はブログは書いているが、せいぜい一日アクセスする人は2、30人である。私の言い分など虫けらの一声である。
ツィッターはそうでも無いらしい。
あの曽野さんが仰ってるのだから、いい加減なことではないだろう。
ますます嫌な世の中になりそうだな。

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2010年3月13日 (土)

春画の本

夜半に降ったらしく、庭は濡れそびっている。
別府温泉の効果があったのか、乾癬のかゆみが大幅に軽くなった。
気がつくとあちこちに出来ていたかさぶたも取れている。不思議なものだな。

最近は書籍の検閲が厳しくなくなったのか、昔の様な隠し文字や画の部分削除がなくなった。
先日もふと大きな本屋に入って、書棚を物色していると、春画という本が何冊もどうどうと並んでいるのが見えた。側に誰もいないのでちょっと手に取ってぱらぱらめくって見た。
驚いた事にどうどうと男女の秘技を描いた所謂歌麿風の画がずらりと全ページを埋めている。
つい数年前には見られなかったことである。
若い者にはまだ毒だなと思いながら見たが、この歳になるともう枯れてしまって立つべきものも立たず、全く感情は動かない。我ながら情けなく人生の終わりを再認識するばかりであった。

昼頃雲間から日射しがやんわりと降り注ぎ始めた。気温も大分上がった感じである。

午後デオデオに行き、プリンターの修理を依頼する。保証期間内だから無料だと言われる。
気を良くしてSDカード8GB2枚と4GB1枚を買って帰る。
プリンターも2万円も出せば買えるのだが、今日の所は止めて帰宅する。

明日は母親の25回忌の法事がある。弟が家を継いでいるからこちらはお呼ばれで申しわけない。
弟も78才で喜寿は過ぎた。がまだ老いは意識しないだろう、元気にゴルフに精出しているようだから。
母が死んでからもう24年も経つとは信じられない気持ちである。絶えず脳裏にうろついて小言を言ってる気がするのに。

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2010年3月14日 (日)

母の25回忌、私の今生の別れか

朝の気温5度とまずまずで、天気もいいし、いい案配に法事が出来ると喜ぶ。
ゆっくり支度をして、妹と待ち合わせた廿日市駅に9時半過ぎ向う。
予定通り高速道路を経由して、弟の宅についたのが11時を少し廻っていて、丁度和尚の読経の最中になってしまった。
終ると皆でお墓参りに出掛ける。子供まで入れると13人で、車2台でわいわい言いながら出掛ける。賑やかなものである。勿論私が最長老で妹が88才、弟は77才9ヶ月とか自称している。
私としては母の寿命を1、2年超えた事になる。
大阪からは甥夫婦だけで社会人になっているその子たちは来なかった。
その代わりかどうか玖珂から吉村さんが招かれていた。弟の嫁さんの里の主である。
内輪だけの法事だがもうこれだけの数になる。
一番小さい姪の男の子は未だ小学生で終始はしゃぎ廻る。
私の幼児時代とはまるで違う。少子化時代で甘やかされているから活発である。
私の時代は小さくなってこそこそしていたものだ。

昼食は別会場を設け小型バスで案内される。今頃はこれがなんと言っても便利な事である。
昔は調理(炊き出しとも言った)に大騒動をし、主催者の負担は大変なものであった。
法事も母の25回忌と弟の次男の17回忌を一緒に済ませた。巡り合わせもよかった。

私自身は終ってから権現様にもお参りしたかったのだが、弟が又にしようというから残念ながら延期する。
階段に手すりがつけられ、建物もステンレス葺きの屋根のお宮になって、立派に残っていると弟の嫁さんは言う。近く石段などの大改修が行われることになっているとも。どうやらgoogle mapの誤算らしい。

5時頃帰宅、大くたびれである。
昼寝をしなかったので7時には就寝、一寝入りして9時目覚めた所でこれを書いている。

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2010年3月15日 (月)

おとうと

昨夜早く就寝したせいか、早々と朝5時には目覚めて眠れない。
起き出して、昨日撮った写真やムービーをテレビで映してみる。新しいデジタル方式の大画面(といっても私の分は28だったか小さい方だが)だから迫力が違う。
動画と停止画両方を映してみる。停止画が案外良いのに驚くやら感心するやら。
このカメラは儲け物だったらしい。デジカメはもう持ち歩かなくてもこれ一つで済む様だ。

弟も15万円もするノートパソコンを買っていた。まだ要領が飲み込めていないらしく,容量はいくらだというと4ギガなどという。そんな馬鹿なと画面を覗いてみると、空き容量198GBと出ている。
なんだ4GBとはメモリーのことだろうというとこれがわからないらしい。
インターネットはというと毎月1万円もかかるから止めたという。
今日写した停止画の方はSDカードだから、早速ダビングさす。ムービーはコードを持参してなかったので駄目だったが。早速写真を皆に見せると便利がいいなと皆驚く。

音楽もやらず、ムービーも余り興味はなさそう。専らゴルフで4つのカントリーを巡り歩いているらしい。
宝の持ち腐れである。もっともビールスに浸入されなくて安全ではあるが。

写真だけなら20万枚も入るだろうから、それを入れとけよと呆れて投げ出す。

私とまるで違うのだな。もっとも彼は技術屋の道を歩んで今日に至った。
碁は強い。彼が小さいとき私が手ほどきしたと思うのだが、ある時手合わせしたらコテンパンにやられて、敗戦の理由を棋譜を並べ直して,ここが悪い、こうしなければと説教を食らう始末、呆れてそれ以来何十年もお手合わせ願った事は無い。才能が緻密に出来ているらしい。
パソコンにはうってつけと思うのだが,のめり込む気持ちはさらさらないらしい。

干支で一回り違う,同じ申年だが、同じ腹から,同じ種で生まれてこんなのがあるのだから、世の中、奇妙なものだ。もっとも顔つきと声は全く良く似て誰にでも兄弟と分りそうではあるが。

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2010年3月19日 (金)

仰げば尊し

プリンターの修理が出来上がったとの連絡が入り、取りにデオデオに出掛ける。3カ所ばかり部品を交換したらしいが、5年以内の故障だからと無料。修理費は¥7500.となっていた。
これで当分は使えそうだ。気の毒だがしようがない。
DVD-Rを少し買って帰る。
併設されている食堂で食事も済ます。

割と暖かくないので、家の中でぶらぶら過ごしてしまう。半分は居眠りしながら。
娘等は無事にハワイから帰ったかしら。
家内に電話してみろというが返事が聞こえない。

此の時期になると、”仰げば尊し”が良くラジオやテレビなどで聞かされる。
懐かしく好きな歌である。
勿論私たち年代は各学校の卒業式に必ず歌われた。師の恩を謳歌することが主眼だったが、歌詞の後半は互いに切磋琢磨した友や学びの窓にまで感謝する歌となっている。今歌っても少しもおかしくない、違和感もない。
だがどうしてこんなに歌われなくなったのだろう。
別ればかり強調する”ホタルの光”よりどれほど卒業式にふさわしいかと思ったりする。

要するに、師が複数化し、特定し難くなると同時に、師の方も職業人としての自己主張に明け暮れて、師の崇高さを失ったせいでもあった。
しかし師にしろ、友にしろ、将又学び舎にしろ、人間が巣立つ時与えられるインパクトは測り知れない。
永遠に強調し残して欲しい歌ではある。

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2010年3月20日 (土)

密約の効果

昨日は午後には寒くなったが今日は終日暖かい日になりそうである。夕方には又雨になるとは云ってたが。
春先は天候も体調も落着かない。例年の事で仕方がない。

東京の孫たち、進級に、新入学、落着かなない事だろうな。
老い耄れが気にしても仕方がない事だが、going my wayで自分の思ってる通りやるしかない。
父も母もましてやじいばあも手を差し伸べる事は何もない。いや差し伸べてはいけないのだ。
もう一人前の成人である。よく学びよく修める。他日に備えて自ら勉める以外にない。

プロ野球はパリーグから開幕、何れもナンバーワン投手の登板から始まる訳だから、どの勝負も1点差の大接戦となる。
所が評判のガルビッシュが三振は13個も取るのに、点は簡単に相手に呉れてやり、3-5と完投したが敗戦投手となる。なんと気前のいい事か。

午後になるとすっかり雨模様になりガスが天地の間を埋め尽くす。気温はまあまあだが風が強く外に出ると寒くはないが涼しすぎる。

今日のサンケイ新聞に”密約あってこその沖縄返還”という論文が載っている。
その通りだろうと私も思うが、その記事の中で”密約が想定する事例のうち朝鮮半島有事は、北の体制崩潰にともない数ヶ月か数年のうちに発生する可能性がある。この点への論及が各紙に欠落しているのは不思議である”とあるが、恐ろしい、気になる予言だがどうだろう。
敢えて黙っているのだろうか。知ってて知らぬふりするということもあるので。
密約が起き上がって来るのであろうか、相手はもう核を手にしているからなあ。

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2010年3月21日 (日)

連休は若者の為に

朝の気温は11度もあるが、風が強くて暖かくは感じない。
猛烈な砂塵で視野は0に近い。お決まりの風物詩だ。

そのうち案の定強風が黄塵を吹き飛ばしてくれて、昼頃には青空も覗き燦々と大陽が照りつけ始める。
唯我が家の寒暖計は正午現在朝から2度上がっただけの13度である。

庭の植木類の肥料を買いにディックに出掛ける。堆肥、鶏糞、油かすなどどっさり買い込む。
本屋に行って本もあさる。高峰のデコちゃんが寝床で夢中になって本を読んでるそうだが、私ももうこれ一式である。起きて机に向ってなんてもう出来ない。
彼女は5才のときから小学校へも行かず、85才の今日、大女優の道を駆け上ったのだから、まともな本の読み方は知らないのだろうが、寝床で読む楽しさはちゃんと学業を終えた私でもよく分かる。

久しぶりに見る青空のもと、僅かな外出でも寿命があと僅かなせいか清々しくて楽しい。風なんか何ともない。
休日だから車が溢れている。しかし気にならない。
はずれの桜並木にぼんぼりが提げられた。芽は未だ固い。が、いかにも皆待ちわびている春風景である。

昼食を食べた壱番館では連休を楽しむ若者たちで、ぎっしり満員だった。
老人は遠慮すべきだったかも知れない。気の利かぬことよのー。

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2010年3月22日 (月)

地元広陵危うく勝ちを拾う

朝の気温は3度とやや冷たい。沖の霞も相変わらずだがやや薄いか。

右足の親指の爪が剥げかけたのが少々痛いから靴は履けない。

家内が天気につられて外歩きしたいらしいがついて行かれない。

射し込んで来る日の光のもと、うとうととソファに寝そべるだけである。

家内が東京の孫と話したらしい。元気で4月からの学校の準備をしていると云ってたと元気そうな口ぶりに安心したようだ。

二人の大学生がいると、難しい時代だから、娘も扱いに大変だな。

昨夜来の風はもうすっかり治まったようだ。

全国的にはまだ大変なようだが、新聞で見ると千葉では38キロも吹いたとある。

正に台風並みだが、やっぱり低気圧に過ぎないのかな。

ここらは昼過ぎにはぽかぽか陽気で、桜が浮かれ咲きしはしないかと心配するくらい。正に西国太平楽である。

青空は見えないが白い空でも燦燦と日は輝いている。

甲子園では地元のベテラン校広陵が出場、立命館宇治と対戦、軽くいけると思ったがこれが大間違い。危うく逆転さよならを食う所、土壇場で、功をあせったか宇治が二塁盗塁を試み刺されて万事休した。ここは暴投があるかもしれないし、3塁走者を帰す1点を先ず狙うべきだった。広陵のキャッチャーが盗塁を既に見破り、牽制球を投げやすい左バッターの遠い側に外させた好判断が光った。

ともあれ広陵の投手は13三振は取るは、3デッドボールは投げる、暴投はするしで、危うくゲームを台無しにする所だった。必死に食いついた宇治の健闘こそ賞賛に値するものだった。

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2010年3月23日 (火)

私の屁理屈

朝の気温は9度とまあまあだが、小雨模様の日中も気温は上がらぬ春寒の天気に終始しそうだ。

ストーブなしでも何とかなるが、毛のチョッキに綿入れ半纏は脱がれない。

若者はそこへ行くといいな。自体が発熱体そのものだから、ひんやりして丁度いいくらいなものだろう。

90歳というのは自力では発熱できないものなのだ。気温差を何とか耐え忍んでいるだけだ。これが違う所なんだなあ。経験しなければわからないことだが。

南太平洋に有名なガラパゴス島というのがある。知らない人は赤ちゃんぐらいだろうが、あそこにいるトカゲの一種は甲羅干ししながら太陽熱を取り込み体が温まった所で活動を始める。老人はまああれと一緒だな。

太陽が顔を出さない今日のような天気は老人は苦手だ。どうしてよいかわからない。勢いベッドにもぐりこむことになる。

体操や運動をすればいいという説がある。しかし若い人がマラソンを走るように何十分、何時間も続けるわけには行かない。10分もやればダウンする。これでは多少発熱してもすぐ冷める。無理な運動をすると体の一部を痛めたりする。何にもならない。

私は幸いまだ手足は普通に使える。運動をしてないからだと思っている。

もちろん能力の退化は著しい。よく判っているが老人だから仕方がないとあきらめている。

私の理屈は屁理屈かな。

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2010年3月24日 (水)

春雨はゆっくりと長い

夜半目覚めた時から雨音は続いている。

今朝の気温は8度、割と暖かい。雨は相変わらずしとしとと春の雨。

文人なら俳句の一句も出来そうな感じ。90の手習いでやるかな。

昔そばに一露さんがいて盛んに勧められて句会に入れられたが、繁多な用事も出来て気が向かず、とうとう三月もしないで投げ出した。それ以来見向きもしたことはない。一露さんにも愛想をつかれた。

この前歴もあるから手出し無用だな。

何でも一過性の私には俳句や和歌をひねり回す芸当は出来ない。よほど多汁質なものでないと無理だなとかねがね思っている。

山頭火みたいな行き方もあるにはあるが、よほど覚悟を決めて、世を捨てないと出来る技ではない。今になってもそこまでは行きたくない。俗物だから。

ついでに言えば、山田洋次監督創造の人物”寅さん”、何かあるようで結局何もない、あれがいいな。人を笑わす所までは行かなくていいが。

何故だか判らないが、いつまでも室の木の権現様が気になって仕方がない。

今日にでも訪れたいくらいなのだが、毎日老人には無理な天候だ。

先日の母の法事の日は予定していたのだが、食事をするのにバスで送り迎えして貰うほどのところまで移動するのでは勝手は出来なかった。

不思議なことだ。それとも病膏肓に達したかな。

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2010年3月25日 (木)

革新

昨日は思いがけず久しぶりに大阪の水戸君から電話をいただく。

ガンの進行はぼつぼつで、一応抗がん剤でとめている由。毎月のかかり付け医師の判定は悪くは無いらしい。いつものように元気な明るい声に安心する。

彼の友もだんだん少なくなって心細いという。そこで私の声を聞きたくなったらしい。

私も元気というには少し面映い所だが、まあ薬を飲みながらも明日が見えてるわけではないので無事ということだと応えておく。

しかし横山君が亡くなって顔を合わす友が無くなった事は、こちらも何よりも寂しいところ、出かけようという気にもならないだけでも世界が小さくなった。

よく降るなあ!梅雨のような毎日、高校野球も一昨日は終日雨の中を強行したが,流石に昨日、今日は中止せざるを得なかったようだ。

春休みの気ぜわしい時期の野球大会、32校もの出場とあって主催者は気が気ではあるまい。1回戦がまだ半分終わった所では。

昼ごろには上がったかに見えるのだが、雲は深くまだ何ともいえない。

一日3試合というのはやはりのんびりし過ぎているのでは。

岩国で飛行機の騒音訴訟が起きているそうな、テレビで放送していた。家内の里なんかも飛行場の近くに居て、防音設備をしてもらったことがある。

最近のジェット機はそれを乗り越えて騒がしいらしい。

何十年も飛行機騒音には悩まされ続けてきた街だが、辛抱強くがまんし続けてきた。何故今になってと思ったりするのだが。

今はどこも権利の主張に忙しい。勝てば補償金が入る。やらにゃ損である。

そうではないという反論が音を立てて聞こえそうだ。

何時も云うように都会が便利になり、人が集まりすぎる。田舎は狐狸の里に化しつつある。これが根元にある原因である。

飛行機も自動車も要らない。いや制限する。そうしたら騒音なんか簡単に無くなる。と言う政府はしかし現れないだろうな。

民主国家では実現不可能だから。

山野は人口過少のおかげで、正に荒廃の極に達せんとしている。

人類の存亡そのものに影響しそうである。

政府の金の使い方は人気取りばかりで、方向が間違っているのでは。

革新などという言葉はこうした時使ってもらいたい。

明治維新のような革新が必要な時だ。

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2010年3月26日 (金)

変な夢見

今朝6時、夢でどこか東京都内の駅らしい所で、人の群れに押されて変な階段を上った所で北川捨巳氏に遇う。はっきりとすぐ判った。

家内らと別れて一人歩きしていた、上野の美術館に行くつもりでうろうろしていた。ふっと目覚める。

唐突だったので不思議にその場面を覚えている。

変な夢だ。北川氏は1960年代に一緒に働いた人である。僅か2年ぐらい、それほど深い付き合いはなかったのに、今若し生きてるなら百歳を十分越えてるだろう。

気になって眠れない。とうとう起きだしてこのパソコンに向かう。

電気ポットから湯を急須に出してお茶を先ず一杯。

我ながら少し可笑しいなと思う。

備え付けのチューインガムを一つ口に入れる。ガシガシやってると少し落ち着く。

6時半日差しが窓を通して入ってくる。日の出が早くなったなあ。

ほん少しもやがかかってはいるがいい天気だ。やっと雨はどこかへ行ってくれたか。

何時頃か家内が介護用の寝巻きを買ってきて、今も着ているのだがボタンの所にマジックテープが付いている。引っ張れば外れるから簡単ではあるが、これが寝ていると肌にがさごそと当たって時々痛い。まだ自由に身体は動かせるのに、嫌な感じである。

昨夜は例のマーマレード作りを手伝う。勿論蜜柑を剥いて実を出すだけだが、後は家内の仕事である。案外煮詰めるのが難しい。うっかりすると焦げ付かす。

うまく出来たかな。

7時窓を開けてみると雨が降っている。小雨だが、驚いたな。前の方は青空が見えるのに、後ろを振り返るとやはり黒い雨雲がせり出している。気温は6度。

しかし間もなく止んだようだ。

朝食のパンに早速出来立てのマーマレードをつけた食べる。上出来である。

昼前、外食にすると家内が言うので、天霧に行く。食事を済ませて外に出ると、又雨になっている。日は雲間から覗いて燦燦と強い光を投げかけているのに、後ろの極楽寺山をすっぽり覆った雲から小雨ではあるが、ぽとぽとと降ってくる。風も冷たい。

何とも不思議な光景である。昔は狐の嫁入りと言った光景だが今頃はなんというのか。

帰って私の部屋に入ると、強い日射しが差し込んできてぽかぽかと何とも心地よい。

夢見が可笑しかったから、何もかも変な一日になるらしい。

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2010年3月27日 (土)

富山礼賛

昨夜8時にベッドインしたので5時に目覚めて、うじうじしていたが、どうにも寝付かれないので6時半とうとう起き出す。ベランダの寒暖計を見ると丁度0度。わが目を疑ったが間違いない。

見上げる空はいくらかうすもやがかかってはいるが日本晴れの青空。

どうやら放射冷却現象らしい。

天候もいろいろ千変万化して面白い。早朝ラジオで富山県警の元山岳警備隊長という人の講演をやっていたが、かって二度,家内は四度訪れたことのある立山連峰を中心に遭難者救出活動された話は終始興味深く聞いた。

身長を超える深い吹雪の中を、40kgの救援物資などを背負って、3000m級の山頂まで救援に向かうというのだから、聞くだけでも壮絶である。

昨今の此処らの天候の変化など問題にもならない。

観光シーズンに感心して眺めるだけの美しい風景から、真冬の高い山岳の怖さが秘められていることはなかなか想像できないものである。

午後になるといつの間にか全天曇空。

甲子園では接線が続き面白い。

春のチームだから若干エラーが多くご愛嬌である。接戦に一花添える。

しかし真摯なプレーには何時もながら感嘆しながら観戦する。

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2010年3月28日 (日)

水芭蕉

相変わらず変な天気が続いている。

妹が電話で水芭蕉を見たいのだが、竹林寺の池にありはせんか調べてくれという。あれば連れて行けというわけ。

ネットで調べたが格別そんな記事も写真もない。池の中には小さな祠や水草はあるがどうも水芭蕉とは違うようだ。水芭蕉を調べてみると南限は兵庫県の養父峠だとある。大体寒冷地の植物だからこの付近に自生するはずはない。

そういう事情を話して諦めさす。

上天気だから植物園に足慣らしに行こうと出かける。

ついでに水芭蕉を育成しているかもしれないから見てくることにする。

彼岸桜が満開で早くも春到来を感じさせる。気の早い人は花の下で弁当を広げている。まだほとんどがつぼみでやはり来月にならないと満開とは行かないだろう。

しかし山つつじが花盛りになっていたり、私の知らない花たちが随分賑やかに咲いている。もう春色は争えない。

山に登って坂をうろうろしているうちにぱらぱらと小雨が降ってくる。

「しまったあ!洗濯物が濡れる、出る時気がついていたのに」と家内の嘆き節。

一寸早いが近くに来たので、雨を避けてレストランに飛び込む。

食事を済ませて外に出るが、まだ時々ぱらぱらとやってくる。

椿を見たかったのだがまだちょろちょろと、見頃はもう少し先のようだ。

休日だから子供連れが大半、結構園内は賑やかであった。

本館を覗いて、サボテンの花を探したり、大きなバナナの房を眺めながら、高くてもぐのが大変だなと思ったりする。

一気に家に帰る。僅かに洗濯物を濡らしたようだが、もともと濡らしたものだから別に悔やむことはない。

この頃の天気は全く当てにならない。

夕方改めて買い物に出る。

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2010年3月29日 (月)

五感の衰え

阪急交通社にかねて申し込んでいた、三春の滝桜見物などのツアーの代金を支払いに広島まで出かける。車の中で茨城県の地震情報を聞く。最近あの付近で地震が多いなあと一寸気になる。

時折ぱらぱらと小雨が降ったりする。相変わらずの天候異変が治まらない。

街は車も人も多い。田舎から出ると何だかとても煩わしい。家内が言うように唯代金を振り込んでおけばよかった。時には出歩いた方がよいだろうと思ったのが間違いだった。

もう浮世から消えて行くべき身なるをつくづく感ずる。

運動嫌いの私では、旅行予定に含まれる立石寺の1010段の石段はとても登れないだろう。昨日植物園を歩き廻っただけでもふくらはぎの張りが普通ではない。

車で待つしかないかな。やはり覚悟はしておくべきだろう。

金毘羅の8百段を登ったときはなんでもなかったのだがもう3年前になったからなあ。

最近一日一日の体力の衰えが尋常で無いことを自覚している。

家内を見ていても随分違ってきたなと感ずる。60台、70台とはまるで違う年代なのだ。

特に五感の衰えは酷い。会話がだんだん難しくなってきた。味覚、嗅覚はまるで駄目。だから何を食っても心から美味しく思うことは無い。

目も酷いなあ。パソコンをやってて外に出ると全く視界が霞んで五米先でもはっきりしない。

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2010年3月30日 (火)

老体の衰え

全く雲の見えない青空。

滅多に見られない。

朝の気温は1度。切るようにつめたい。

家内が腹具合が悪いと言う。同じ物を食ってる私は何とも無い。

午前中は今田君の書いたマレー・シンガポール戦記のコピーを続ける。

ニューギニア戦記に比べると若干迫力が足りない感じがする。

最も勝ち戦で個人の思いを越えて進捗したので、記憶を超えていた感じが強い。

慣れたせいかスピードが上がる。しかし相変わらず目の調子が良くないので見辛くてしょうがない。ルビは14ポイントにしているのだが、それとは関係が無い。

90歳になってやっと先ず目の寿命が尽きた感じである。

風の音が凄い。午後になると空はいつの間にか真っ白になっている。雲と言うかもやと言うか、私の目のようである。

日の光も散乱して弱弱しい。部屋に差し込む日差しもさほど暖かくない。不思議な感じだ。

ストーブは要らないが、半纏を着なくてはやはり寒い。部屋の中の温度は20度近くあると言うのに。

夏になると今度は裸になっても熱くて堪らないのだろうが。

これが老体なのだ。

今年の選抜野球は不思議に接戦が多い。全国のレベルが全体的にあがったのだろうか。科学的な練習方法が徹底して、どのチームも技量格差が少なくなったのであろう。投手も殆どのチームが複数用意して、時には相手を見て適当に選んで出してくるなどということもあるようだ。

試合結果も全く予断を許さない。

今日でベストエイトが出揃うのだが、顔ぶれも予想通りではないようだ。

面白い結果になりそうだがどうだろう。

世界の野球レベルが上がっているが、同じ傾向がここらにも見える。テレビの影響か。

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