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2010年2月 2日 (火)

老い既に極まれり

連日霧の深い朝、沖合の島々はまるで見えない。天神山の下に広がる町並みも,屋根の輪郭が空と別れているだけ。

人間的機能が徐々に抜け落ちて、何もかもかすみの底に沈んだ感じの毎日がつづく。
こうして書く事にも、取り止めがない事以上に妄想まで混じりはしないかと畏懼する。
卒寿とはそんなことだったのかと今更の実感である。

永年文通のみの交友だったものも,一人二人と年に一度の賀状の束から抜け落ちている。いかなる事が起きたかその身上は知る由もない。いや知りたいとは思わない。ただ想い描くのみである。

今も昼寝していて、悪夢を見て驚いて目を覚ましたところ、夢の内容はどこかへ就職して、葬式やなんかあったりしてばたばたし、うっかり出勤を忘れていた.もう二日も経っている。なんて言い訳したらと悩むという変な夢。出勤を忘れるなんてあるのかなあ。夢はおかしい。必ずありもしない事を見る。

外はいい天気になって、さんさんと日が照り注いでいる。外を覗くと沖は相変わらず煙っているのだが。
窓を開けてベランダに出てみる。風もないし,何の木か知らないが、緑の新芽をいっぱい付けて、塀越しに私のうちへのぞきこんでいる。ああ,もう春だ。春の息吹はかくすすべもない。

今日も書き綴っているニューギニア血戦の手記のコピー2時間も掛けてやっと2ページ、自分の日記を書く速度よりも遅れている。やはり書き手が違うと思いも違うし,使う文字も異なるものと見え書き直しが多くなる。見て書くというのはこの歳になると万事厄介なことだ。

起きても手を休めるとすぐ眠たくなる。生ける屍とは今の我がことか。
耳がいくらか遠くなったせいもあるだろう。外の音は何も聞こえない。今ラジオもテレビも消えている。
静寂のよさもいいものだ。

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