« 老い既に極まれり | トップページ | 名主権現のこと »

2010年2月 3日 (水)

黒男権現さま

朝起きると、ふと何故だか、幼少時よく遊んだ黒男権現社のことが思い出される。高い石段の上にぼつねんと誰もいないお宮だったが、年に一度のお祭りの日の神楽や二度の十二灯の夜など,又それに繋がる準備作業とよく出たり入ったりしたもんだったが、現在はどうなってるんだろうと気になって来た。

google-mapで調べてみると,石段だけ残って何の表示もない。建物は当時、当然部落の人が管理をしていた。
戦後はもう民主主義、自由主義で部落のしがらみなどなくなってしまった。誰も管理しなければ,形あるものは当然いつか朽ちて消えはてる。どうやらそうなったのか。宮の足もとに住んでいたあのおじさん、このおじさん皆もうこの世に居ないだろう。その倅たちも私と似た年頃、もう役には立たない。
世話をやくものが生きていれば、宮はなんとか存続出来るのだが、あの辺も随分変わってしまって、よそものがいっぱい入り込んでいるらしい。おそらく存続は無理だろうな。
それで私の枕元に祭神が立ち現れたか。
遠く離れて,此の歳では幼児と変わらない。もう役には立たない。勘弁して。

先だって訊ねた横浜の生麦には小さなほこらが路傍に建っていた。歴史上有名な所だから国か市が歴史の重みに押されて残したのだろう。祭神は切り殺されたイギリス人なのだろうか。
黒男権現にはそれはなかろう。あわれというべきか。
今日天気がよければ、行ってみたいと家内に言うと,寒いのに罷めとけと反対された。

mapを見たついでに地図をずらして、2、3km東南方の明神社を探してみるとこれは地図の上でもちゃんと記載されていた。地区の誰か等が管理保存したのであろう。これも一度訪ねて見ようと決心する。

もう世代は移り変わって,誰も知らない昔の事をあげつらうと世迷い言と嘲られそうである。
12才年下の弟が郷里に居る。まだ元気でゴルフに熱中している。
彼に相談すれば連れて行ってくれるだろう。彼は当然私の経験した事は知らない。
戦時中だったから同じ事はしなかっただろう。しかし直ぐ近所の山である。世迷い言などとよもや言いはしないだろうと思うのだが。

|

« 老い既に極まれり | トップページ | 名主権現のこと »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/47465706

この記事へのトラックバック一覧です: 黒男権現さま:

« 老い既に極まれり | トップページ | 名主権現のこと »