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2010年1月 5日 (火)

温故知新

雲多くいい天気で治まりそうにはない。気温3度。

新年になってから、いつものことだが昔の事を思い浮かべる事が多くなる。
いつだったか随分前に岩国の図書館で見つけた「ふるさとの歴史」という本をコピーしたままにしていたのを、思い立って印刷した。読み返したいからである。著者は同じ部落出身らしい山崎武夫さんという方になっている。
全部で140ページになるからかなりの分量である。著者略歴を見ると、大正元年生まれとなっているから、私の8年先輩という事になる。中学校は同窓となっているから、幼年時の小学校も同じかも知れない。

幼少年時に8年違えば、もう姿は見えない。
私はささやかな消息すら知らない。
しかし私から見ると凄い記録を残されたものだと、深い感銘を受け利用させて貰っている。

書き記されてある郷里の年間行事などは,100%身に覚えのあることばかりである。
微に入り細に亘りあますところはない。わざわざ図面や写真まで添えてある。
ここまでくわしく記録した文献をいまだ見た事はない。
おそらく精魂を傾けた労作だと思って誤りないだろう。
斯様な先達が身近く存在する事は郷党の誇りでもある。

存命ならもう百才寸前である。殊更探索する齢でもないので、現在の消息を伺うつもりはない。うやうやしく拝読して、報恩の誠を尽したい。

温故知新という言葉があるが、現代の風潮は温故というような生温い時代では無さそうだ。
古きものはゴミである。焼却場行きである。運がよくても野ざらしである。

数年前市立図書館でその数年前借りて読んだ”醒めた炎”という木戸孝允の伝記を書いた小説をもう一度読みたくなって捜した事がある。
どこにもないので係員に捜して貰った。私の過去の借用記録に載ってるくらいだからある筈だと、係員も一生懸命捜してくれた、しかし出て来なかった。図書館の図書目録にも存在しなかった。何故ないのかわからないという。
私の勝手な推測では、ゴミ扱いにされたに違いない。

余談だが、私の婿が中古本市場を捜して買ってくれたので、今は大切に本棚に保管している。
本は必要なものには、その頭脳に匹敵する。単なるゴミなどであるものか。

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