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2010年1月 6日 (水)

ふるさとの変容

気温0度とちょっと寒い。すっと素直に起きられない。

ふるさとという言葉が少し気になる。広辞苑を見てもいろいろの定義がある。私は生まれたのはメキシコである.戸籍謄本の最初の行にメキシコの日本領事館の出生受付とあるから間違いない。しかしふるさとという気はしない。

ふるさとは生まれた所という定義はあたらない。
かって住んだ土地ということかもしれない。これなら戦前戦後二十数年住んだからいいだろう。

私のふるさとはもう思い出というイメージの中にしかない。土地の名称も全く変わって、慣れ親しんだ地名は殆ど残っていない。現状はもちろんまるで違った世界である。
戦争で破壊し尽くされた影響が一番の理由である。

しかし昨日も書いた様に山崎武夫さんという先達のおかげで、生き生きとしたイメージの中にきっちりと現存する.有り難い事である。ふるさとの地名”磯崎””室木””麻里布””砂山””えんげし””かたぎどう””大開””向縄””長田””水の浦”等々。境界線まで私の脳裏には地図がさらっと浮かぶ。
よく私が登った”平家山”そして対面する”源氏山”皆懐かしい。

現在は今住んでいるこの市とふるさとの市は十数キロの境界線を挟んで隣りの県であり、隣りの市となった、昔は歩いて一日かかった距離でも今は高速道で10分である。思いもかけない移り変わりである。

テレビで今日から登校と文字が出る。エッと驚く、今日は6日だろう、どうしてっと云うと、家内が澄まして、ずっと前から学校は早くなってんのよと答える。
私はうかつにも始業式は1月8日とばかり思っていた。
これまた移り変わりが激しい。ぼんやりしていると置いて行かれるわけである。
勉学に追い立てられる子供たちもまた哀れだな。

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