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2009年12月18日 (金)

亡き友を憶う

初雪が屋根に薄く置いている。道路や庭の上は融けて濡れているだけ。気温0度。
日本海側や山奥の方はかなり積ったらしい。
朝は日本晴れで雲一つ見えない。

先月親友の横山君を失い、落胆の末思いつきで、刎頸の友とこのブログなどで使ったしまったが、今思うと首をはねてもいいという穏やかならぬ古い言葉を使って適切だったかなと悔やんでいる。

古来4千年の文字歴史を持つ中国には無限に近い言葉がある。
僧空海、阿倍仲麻呂は云うに及ばず、はるばる唐の都長安に赴いて学問を学んだ沢山の日本からの留学生のいたことは揺るぎない事実である。
そのおかげで今日の日本文化があると云って過言ではない。

私が常識で使っている言葉ももちろんその亜流だが、それだけにちょいちょい間違った使い方をするようだ。浅学菲才笑うべしだが、この友正に最高の言葉で遇したいとの思いからつい滑ってしまった。
彼との触れ合いは、18才正に成人の入り口の学校寮の同室だったという奇遇から始まった。毎日の寝食から始まって、勉学は勿論楽しい学校生活を一番身近く享受した。
戦争中はすれ違いの人生だったが、戦後事業の失敗から破産の憂き目に遭う所を、声をかけられて彼の仕事を手伝う事になり、着かず離れずともかくも50年一緒に仕事をし、或いは助け合ったりしてきた。

同窓会のお世話も二人一緒だったからできた、だから35回の会合のうち二人とも31回という出席率で全学友最多を記録した。
彼の死をもって、会も終了する事になるだろう。同窓の範だったともいえよう。

友との交わりを最優先に、何事にもその道の先達を行くものに声を掛け、教えを乞い、相談を持ちかけ、或いは赴いて紹介の労を取らしめた。
いつも彼の傍らに居たから、感心しながら彼の方式を眺めていたものだ。だから事を誤る様な事は殆どなかった。

彼は進む事はもちろん得意だったが、これは将来駄目だと察すると思い切り良く切り捨てた。
業種、店舗、人員配置、特にその管理者など。時には非情とさえ思えた。
私では出来ないなと思った事も二度や三度ではない。
一口に言っても大した事業家であった。

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