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2009年12月 2日 (水)

排泄の便法発見

雲一つなき快晴、気温6度。
8時半大陽がまぶしくて目が開けられない。

朝4日ばかり又大便が出なくなったので、便秘かなと思って便所に入る。
肛門の所まで来て、気張ってもなかなか出ない。時々やる手だが、便器の水洗弁を開ける。
最強で肛門に吹き付ける。弁を閉じて、軽く気張ると溜まった便がドクドク出て来る。
二度繰り返すと排泄は完了したらしい。ヤレヤレ!
指で掻き出すよりは余程らくだし、汚くない。肛門も痛まない。今日はちょっと出血したが、水勢を少し落とせばいいのでは。
おすすめ方法として、恥を忍んでブログに公開する。

午前11時過ぎ広島駅のみどりの窓口に行き,東京行きのJRの予約をする。念のため指定席にする。
二人様の席はもうないので、3人掛けの席の二つになる。年末ともなると込むんだなあ。
12月8日(火)この日は私の忘れる事のない日である。大東亜戦争勃発の日。今では国民の3割ぐらいかな記憶しているのは。

昭和16年のこの日、富士の裾野から徹夜で世田谷まで帰った。こんどは広島からその日のうちに世田谷の隣り狛江市に行くのである。永い間には同じ様な事が起きるものだ。

昼は家内とアルパークの寿司屋で落ち合う。丁度正午だった。
この地方で唯一走っている動く歩道、老人には便利だなあ、息が切れなかった。ありがとうよ。

人間社会はもともと人間が生物というか一動物に過ぎない、自然淘汰が起って当たり前である。
民主とか、平等とか云う言葉に惑わされて、淘汰という言葉が忘れられているのではと、曾野綾子さんは新聞に書いて居られる。その自然淘汰すらなくしようとしても無理である。
自然淘汰は神の摂理である。人間社会のあらゆる場面でその弁えが欲しい。

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