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2009年11月23日 (月)

新嘗祭は父の命日

親父の命日。丁度70年経つ。今は勤労感謝の日という事になっているが、昔は新嘗祭と云って収穫感謝の日だった。もう忘れたな。もう、この言葉はどこにも残っていないだろう。
祭日だったおかげで忘れた事はない。しかし、たかだか9年くらい、同じ家で暮らしたが、うち3年は遊学していたから膝元で過ごしたのは正味6年である。縁の薄かった親父だった。もっとも私は生後4年間メキシコと日本で父母の元にあったわけだから、覚えては居ないがもう4年一緒だったわけだ。

私も一人で大きくなった訳ではない。母の力が偉大だったことは認めなければならないが、この父の影響もヅシンと頭の底に残っている。寡黙で誠実で勤勉そのものと云った人物だった。いつも手本にはしていたが、なかなか真似は出来なかった。其の悔いが私の一生を貫いて居る。
私と違っておそろしく早死にだったことも、私のそして一家の運命を狂わせたと云える。

19歳で後を継いだのだが、世間知らずのあまちゃんだから、父の遺産をめちゃくちゃにしてしまった。母や弟妹にどれほどの苦痛を与えた事か。父から見れば正に不肖の子どころではないだろう。思いもかけず永らえて、これがまともの生涯とは思えず、死して会わす顔のないことはばんばん承知している。あの西郷隆盛が、死を前にして詠んだこの詩を思い出す。
肥水豊山路已窮 墓田帰去覇図空 半生功罪両般跡 地底何顔対照公
半生の功罪と彼は云ってるし、維新の大功労者であるは万人の認める所。功一つなき我には全く何の顔向けするところがあろうか。

雲一つない上天気がつづく。
明日は車で行く事に決め、準備をする。
長門峡辺りで紅葉を見る事になるかもしれない。

夕方近くなって小百合が彩寧などを連れてやってきた。
私の顔を見ると途端に大泣きし出した。まだ覚えてはくれてないらしい。

部屋の中で手を出しても逃げるので、出来るだけ見つめ合う様心がける。だんだん気になって来たようで、じっと私の顔を見つめる。にらめっこしてるわけ。私を誰かが”ひいじい”と教える。そのうちひいじいはどれと問いかけると私に指を向ける。やっとわかったぞ。問題はこの次ぎ会った時だ。
楽しみが一つ増えた。

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