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2009年8月18日 (火)

権利は重く、義務は軽く、それでいいのか

朝早く来信メールを開けてみると、夜中の2時過ぎに発信せられた、三好信雄氏の息子さん力雄さんの長いメールが入っていた。歴史の先生をしておられるとのことで、取り組み方が違うようだ。
あの親にしてこの子ありだ。
長生きしてるといろいろ起きるなあ。

昨日はミチ子さんがいろいろ付近の私も知っている家のその後のありようを一つ一つしゃべっていたが、孫や曾孫の世代になるとそれほどまでに変化するのかと驚く。絶家するうちが又数多いのにも驚く。民主化、少子化は古い日本的体質を画期的に変えてしまったな。後35年一世紀経ったらまるで違う国になることだろう。

韓国ドラマ好きな家内はことあるごとに韓国の家族制度の方がよほど古き良き日本と似ていると語っているが、日本は変わりすぎたのであろう。いい事か、悪い事か私には分からない。

家族制度の崩壊は現実のものだが、次はアメリカ、ブラジルのごとく多民族社会へと進むのではと危惧する。現在でも隣は何をするひとぞで、隣保の精神は希薄である。
言語、習慣の相違から来る差別は郷土社会とはまるで相容れない。
次の孫、曾孫の時代は考えるだけでも恐ろしい。
昨今の原爆症患者訴訟は民族、国籍、居住地の差を否定する事を是とした。

義務は先ず置き、権利は何ものにも勝る社会に向きつつある。
そのうち義務はなくなるかもしれない。
国民は楽な方を好む。政治的にはそちらに1票投ずるだろう。
権利の摩擦は当然争いを生む。平和は言葉だけになりはしないか。それが恐ろしい。

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