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2009年7月23日 (木)

札幌の戦友から見舞の電話

雨漸く上がって,朝から日射しが強い。気温は7時現在22度。
明日からまた下り坂というのだから、今日は一息いれなければ。
ブログも今日はお休みとしよう。

岩中36期生の昭和33年度版から書き写して名簿をつくる。準会員(4年生で進学したもの)を入れて卒業者108名中死亡者26名差し引き82名が存命とこのとき現在一応はなっているのだが。消息不明のものも数名いるので、確定はしない。やはり戦争で死んだものがほとんどだ。
加国とか藤村とかトップクラスが死んでいる。惜しい事をしたものだ。

昼にはかんかん照りとなる。パソコン台の拡張机のビスをどこに整理したかわからない。机をつけようと思ってもどうにもならない.ダイキまで出掛けて買って来る。一汗かく。
家内がスイカを買って来いと言ったが、小さなうまそうにないのしか置いてない。いいのは売り切れたのだろう。皆が欲しがる時は駄目なもんだ。

スイカや瓜はいつでも食べられるように,昔の我が家には水槽に何個も浮かんでいたものだが、あんな姿は田舎に行かないとやはり見られないな。

夕闇が迫る頃にはまた空もすっかり雲に覆われて何時降り出してもおかしくない状態。

暗くなって先般注文していた湖南と広西の戦史叢書がとどく。
我が部隊自動車第31大隊も小さな文字でところどころに載って入る。
ほんとにあったことだから載ってて当たり前だが、なんとなくほっとしながら、その先が知りたい。
やはり戦史だから,戦闘部隊優先で輸送隊なんて目ではないようだ。

夜札幌の山崎君から電話、雨の災害の見舞だが、いつもながら優しい心根.感謝、感謝。
一つ年下だから88歳、老骨にむち打ってフィンランドに5回目行って来た由。元気な事だ。
曾孫が二人だそうだから私より一人多い。
料理が趣味で滋養なものを作っては食べてるという。ながいきするぞー。
兵隊仲間で電話まで呉れてるのは彼一人になった。

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