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2009年7月 8日 (水)

回り道

夜来の雨が降り続き,雨音で目覚める。朝6時半気温25度。夏はまぎれもない。
例年通り台風でもこなければ梅雨は終わらないだろう。

昨日スーパーで買い物をしている家内をカウンターの外で待っていると、乳母車の中で同じように母親を待っている幼児がおしゃぶりを手に、私をにらんでいる。顔をしかめたり合図すると顔をゆがめてまるっこい手足をばたばた動かす。OKなのかNOなのか私にはわからない。可愛いなあ。
昨日は結局過ごし良いいい天気だったが,今日は雨で終わりそうだ。
周平の文庫本をまた一冊買う。
帰宅するとまた読み始める。なにがなんでも読む。

朝すこし下痢気味だ。なぜか分からない。蒸し暑かったから夜中に腹を冷やしたかもしれない。夏布団をかけて寝るのだがだめなんだなあ。時には夜中に急に寒くて震え出したりするのに。

最近家内の手の指の腫れがすっかり引いて,炊事や庭の手入れに支障がないらしく元気である。
記念病院の薬が効いてるらしい。本人は薬が効きすぎて骨が溶けなければいいがと、それを今度は心配している。

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私の戦争/見習士官その2
 昭和17年10月15日赴任して,独立輜重兵第54中隊の第2小隊長を命ぜられた。部下が50名くらいで、身の回りをしてくれる当番兵が2名。見習士官だから当然営内居住で何から何まで世話してもらい全く殿様暮らしの毎日だった。
自動車隊とはまるで気風が違っていたが、やはり馬という生き物を扱っている兵隊は自ずから人間性が異なっていた。
長野県出身の兵隊が主だったので、そちらの風習とかで1時間置きにお茶が出るし,お菓子も机の引き出しに入れてあるという風な,当番さんの気の利かしようで、すっかり気に入ってしまった。
また勉強好きな兵隊が多く、教育の時間などには質問を沢山投げかけてくれ、個室までやってきて話し込むなどじつにやりがいのある兵隊たちだった。

馬も現地産のポニー種で小さく可愛いく、乗るのは楽だが,走るのはいささか乗り心地はよくなかった。
輓馬には結構耐久力があって向いていたらしい。
しかし演習に出ても,私は歩くのが得意でないので、いつも乗馬で行くのだが、小さな馬にちょこんと我ながら不細工な格好だったことだろう。
間もなく木材伐採のため、10キロ山中に入った所に演習と称して出かけ,野営しながら川でマスを沢山つり上げて楽しんだりしているうち、急に第7野戦輸送司令部に転勤させらることになった。1ヶ月たらずの惜しいような勤務だったが軍命もだしがたく、途中から単身演習地を去ることになった。

輸送司令部は東斐徳の4個自動車大隊の中間にあった。
10日間暫定勤務させられた後、11月17日には独立自動車第31大隊に転属、第3中隊付きとなった。
この部隊は関特演で召集編成され、留守部隊は近衞師団で東京近郊から召集された予備兵の部隊で、第69大隊と同じ営舎内にあった。
転属といっても隣に行くようなものだった。ただ兵隊の年齢が少し多く,車種はシボレーが多かった。

見習士官はその名の通り見習いだから、まるで責任がない。しかも身体が楽だし,自由が利くので,公務が終われば,毎日のように将校集会所に行き,玉突きはやるし,酒は飲むし,怖いもの知らずだったようである。
又野外に出てはやたら車を走らせて、原野に雉子を追ったり,ノロを射ったりしたものだ。
ずいぶん野方図にあばれたらしい。

12月1日少尉に任官、予備役編入、即日召集。同日付けで改めて第3中隊付きとなった。
Syoi

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