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2009年7月10日 (金)

斐徳訣別

昨日、一昨日と不思議にいい風が吹き込んだ。いいというのは涼しいからである。老人にはこの風の感触はえも言われない。
ただ昨日は昼近く小雨がぱらつき、あわてて窓を閉めに廻った。横雨が窓ガラスを濡らした。これは困る。
ただその他はまことによい。
老人は自然に逆らうことはしないし、できない。

今朝は早朝から降り続いている.気温も25度と相変わらずだ。風は北に廻っている。
午前8時現在かなり強い雨だ。今日も外出は無理だな。
昼前後強く降ったりしたが、午後2時現在雨止み幾分空が明るくなる。
雲が粗くなり、日光がこぼれている感じ。

私はこの約90年間入院したのは、今下に書いているブログの斐徳陸軍病院に盲腸手術のため、これだけである。
もっとも十数年前交通事故で担ぎ込まれたことがあるが、これは病気のためとはいいがたい。
家内も先般はじめて入院して大騒ぎしたが、わたしのこの次は死ぬる時であろう。
医者通いは普通だから、大病は死ぬ時だけということになりそうだ。
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私の戦争/任官その2
何回目かの衞戍地週番巡察の時、これは昼間だったが胃けいれんを起こして、歩けなくなりやっと部隊の衛兵所まで辿り着き助けを求めた。すぐ巡察司令から後任手配をしてもらって、救急医療室入りとなった。
翌日専門医が診察の結果盲腸炎とわかり、改めて斐徳陸軍病院入院、手術を受けることとなった。
少し時間が経ちすぎていて既に患部が破れ腹膜炎を起こしていた。そのため完全治癒まで1ヶ月以上を要することになった。

手術の日、学生時代同じ下宿に居た1期下の松田房夫君に病院で邂逅し、翌日彼は牡丹江に後送されるといって挨拶に来た、これが一期一会の別れとなった。彼は隣の地区の野戦重砲の部隊に所属し、演習中重砲のキャタピラに巻き込まれて足を折られという。
まもなく退役し、家業の酒造業を継ぎ、数年前になくなったが一度も再会することはなかった。
ただ彼が私の初恋の人に生存していることを伝えたといういきさつがあった。(40年ぶりの電話の原因)

この昭和18年は神のいかなる配慮か。、この他にも何人もの旧友と出会ったり別れたりということが、身辺で発生した不思議な年であった。

ともあれ時折聞かされる内地の非常時体制、ガタルカナルなど苦戦の状況とは裏腹に、駘蕩としてのどかな日々の続く、ここ対ソ正面だった。

材料廠長内藤中尉が当時「映画の友」という雑誌を発行していた橘という人の弟と懇意で、カメラの指導を受けたりしていたが、沢山の有名女優からの慰問文や写真を見せてもらったり、間にはカメラの写し方、現焼きの仕方など、教わりながら、毎晩遅くまで手伝わされたりしたものだ。

翌昭和19年1月新規補充兵の入隊があって、部隊ではかなりの除隊者が出た。私は29日除隊する内藤中尉の後任として材料廠長に補せられた。
そして兵器掛将校の後任には札幌出身の山崎少尉が任ぜられた。
間もなく日を改めて椎橋第7輸送司令官による命下布達式行われ、正式に隊長職である材料廠長に補せられた。陸軍少尉であるから階級を飛び越した補任であった。部隊の分列行進の儀礼を受けるやら、大げさな儀式に戸惑うことしきりであった。

大きな責任を背負わされたなあとの実感をひしひしと味わされた瞬間だった。
隊長ともなると、自己のことより先ず隊のことを考えることから始まる。
普通の兵隊と違い、殆どが専門技術を身につけたものばかりで、兵隊とは全く異質な人間たちだった。
私が習熟した軍隊教育は彼らには全く通用しないといってよかった。
むしろ彼らの技術の前に頭を垂れるのみといってもよかった。
後に確信となった私の思い通り、凄い集団だということが戦争後期に発揮された。

思えば関東軍特別大演習は明らかに対ソ作戦のための動員令であった。私たちの所属する東部方面軍はあの有名な山下奉文が指揮し、直上の軍司令官は飯村穣中将であった。
百万といわれ満を持していた関東軍も、肝心なソ連は欧州戦線に釘付けで動く気配なく、ただ漫然と対峙しているうち、南方では日本軍の苦戦がしきりに伝えられて来た。

いずれと思っているうちに、我が部隊にも移動の準備命令が下達された。
今度の人事異動はそのためのものだったに違いない。
家族持ちとか、高年齢のものとかばかり、除隊させたのは間違いない所だ。

4月1日中支方面作戦参加のための、移動が発令となり、部隊長も板倉少佐から生田目大尉に交代した。
移動といっても軍隊のことだから、兵器と軍用装備品だけ持参し、私物は行李一つ拵えれば、自宅宛の名札をつけて残し置けば十分である。

4月5日、特別列車に自動車、装備との貨車搭載を順調に終わり、兵員を乗せ終わるや、3年有余過ごした斐徳との生活に別れを告げた。
Kabocha_2

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