« 札幌の戦友から見舞の電話 | トップページ | 戦史を読む(2) »

2009年7月24日 (金)

戦史を読む

ときどきぱらぱらと雨粒が散り落ちる変な天気。
家内が広島総合病院で目を診てもらうというのでつれてゆく。
昼過ぎに終わってつれて帰る。老人性の白内障が片方の目に出来ているよし、ひどくならない薬をもらう。他の病気はないとのこと。まあまあ安心。

戦史叢書を読むに急がし。何をする暇もなし。
湘桂作戦今読めば心当たり多し。
特に昭和19年5月25日の開戦間もなく、道なき道を尾根伝いに行った行軍は6月23日進撃中止命令発令とある。
軍は遅々として進まない行軍に愛想をつかして、この進撃コースを中止したわけだった。
方向転換を強いられたわれわれこそ迷惑な話だった。

一晩に1キロといったことがあった。朝になって見るとすぐ向かいの山に見覚えがある.
尾根は皆まっすぐと決まっては居ない。Uカーブした尾根もある。昨夜あそこから出発したのだと指差して驚いたことがあったもんな。そして夜が明けるとまた敵機が襲撃してくる。
隠れ場のない山の尾根をのろのろと一列縦隊で何日も行けば、やられるばかりで、1200台の車両の4割が損傷したと戦史に書いてある。
無惨な戦だったなあ。敵機に取ってみれば、これぐらい面白い戦いはなかったろうな。

燃料の消費量が3倍になったともある。よく燃えたものなあ。燃料満載の車も多かったのだから。
ぶーぶー一晩中ふかして1キロでは割にも合わない。
崇陽を通過した事は今でも覚えているが、平江という所まで行けずに20キロ手前の梅仙で立ち往生したと戦史にある。
崇陽から平江までは約百キロの道のりである。

|

« 札幌の戦友から見舞の電話 | トップページ | 戦史を読む(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/45727762

この記事へのトラックバック一覧です: 戦史を読む:

« 札幌の戦友から見舞の電話 | トップページ | 戦史を読む(2) »