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2009年6月23日 (火)

易俗河

雨は昨日でおしまいの模様.気温23度、朝から暑い日射し。
銀行に行って来る。客少なく楽。

今朝は下痢、原因不明。お粥のせいか軟便が続いていたが、とうとう本格的な下痢となった。
どうも元気が出ない。暇があればベッドイン。家内がどうしたかと心配して医者に行けという。
医者で待たされるのもいやだし、医者もお粥を食って下痢というのは困るだろう。
今日はやめとく。明日は広島総合病院に行く日だし。

ここのところ何かをする意欲が極端に低下したことに気づく。
”足を上げ前へ進め”が始まったのかもしれない。

昨日は横浜の松田尚樹さんというひとから、叔父さんが亡くなった”易俗河”のことが知りたいとメールが入っていた。
私の戦争中かすかに記憶に残っているバトルポイントである。
その瞬間は必死で対応したことだろうが、今は甘くこころの隅に何事もなげに浮かんでいるに過ぎない。よくぞ聞いてくれた、思い出したよというところだ。

それにしても”易俗河”の一文字だけをたよりに、私を探し当てるとは、このインターネット検索はどうなってるんだ。
私すら忘れかけている、数年前の投稿文「広東橋日記」の中の文中の一文字に過ぎないのに。

ついでにこちらが驚いたことを書けば、松田さんはgoogle-earthで調べたら、長沙南方の湘江の中州に見えたという。
戦争中重要な渡河点だったから、河の岸辺にあったのは間違いないが、濁流滔々たる河幅1km以上もある大河で、中州など存在しなかったが、60年も経つと地形も変わるだろうから、真偽の程なんとも言いようがない。
私も調べたことがあるが、大きな橋が何本も架かっているし、様相は一変していた。長沙そのものが今は1千万都市らしいから。

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