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2009年4月22日 (水)

冬の後始末

終日快晴。日曜大工ならぬ水曜大工(というのはないかな)もひさしぶりにやる。もちろん能率が上がるといったものではないが。
スピーカーの壊しかけたものが,倉庫にごろごろしてたので、ばらして釘など一本一本抜いて,板切れにして行く。
家内はそんなもの取っておかなくても、いっぱい板があるではないかと詰る。
いつものことで反論すると後がこわい。もっぱらだんまりである。

楽々園に買い物に行く。思いつくままいろいろある。

午後一休みしてから朝のつづき。老人のこととて手際よくぱっぱっとはやれない。
急ぐと怪我がこわい。
いつだったか門灯の電線を接続するとき,我が身を傷つけたドライバーの痕が2週間も経った今、やっと絆創膏がとれ、傷跡の肉が皮膚並みに盛り上がった。ちょっとしたことが案外大変なのだ。

私の年配の近隣の仲間がころんで足や腰を痛め,リハビリに精出している人が多い。全く他山の石である。

温泉に行き裸になると,身体中黒痣が点在して恥ずかしい。しかし黒痣ぐらいならよしとしなければと、いつも自答しているこの頃である。

年取ると行動範囲が小さくなる.考えることも身辺のことにつきる。
他人様のことなど情けないけど思い及ばない。
班長などという職責がこんなにも気にかかるのかと不思議なようだ。
いや私は何もしないのだが,家内が一人忙しく立ち回るのが気になるのである。
気になるだけで、なぜだか手も足も出せない。

車庫に積んでいた灯油が、まだ60リットルも残っていた。
ストーブを掃除して片付け,残った灯油も裏の倉庫まで運ばねばならない。
今頃セルフサービスだから自分で入れて来た20リットル入りの灯油3缶、急に暖かい日が続いたから残ってしまった。
結構重いんだなあ。
昔一缶30kg入りのパークレン(比重1.5)を会社に販売させられて,腰を痛め,便秘症に苦しんだことがあったが、あの当時は若かった。楽ではなかったが,トラック一台を二人で片付けたりしたものだ。

今は20リットルでも重荷である。車庫から階段を上がって倉庫まで50メートルはあるだろう。
午前中2缶、午後1缶と分けて運ぶ。老人の智恵かな。
しかし満90歳になる来年はとても無理だ。
ガソリンスタンドのおにいちゃんに20リットルは無理だよ,2,3リットル減したらといわれたが、来年は1缶15リットルという手があるかもしれないな。

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