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2009年4月 5日 (日)

私の葬送行進曲

雨は止んでいるが、昨日と同じような朝、ただ気温は12度になっている。見間違えたかなと一瞬思う。

デポドンのことを政府もジャーナリズムも飛翔体などと新語で発表している、噴飯ものである。
なんで変える必要があるんだ。空騒ぎまでして恥ずかしい。
ベトナムもそうだったように、北朝鮮も簡単には大国に屈しない。アジアの国々は皆性根があって我ながら頼もしい。
このぐらいでいいんだとも思っている。
現在はアメリカのスカートの下に潜り込んでいる日本の方が情けない。
大東亜戦争を戦った勇者はほとんど残っていないのだから仕方があるまいが。

昨晩もカープは巨人にホームラン3本を含む5安打で5-3と勝つ。ヒット12本(うちホームラン2本)も打たれながら勝った。巨人ファンは切歯扼腕して悔しがったに違いない。永いペナントレースにはこんなことは間々あるものだ。

チーム力を眺めただけでは、どうしても巨人の方が数段上に見えるのだが、9人でやるということになると、カープの方がいいのかなあ。8回から守備に着いた木村などという選手は初めて聞いた。凄いファインプレーでチームの崩壊を救った。もし二死満塁での坂本の痛烈な当たりをのがしていたり、反転して一塁で刺さなかったなら恐らく再逆転されていただろう。

昼、眠り付けずに、寝転んだまま周平の「小説の周辺」を読んでいると、返照入閭巷 憂来共誰語 古道人行少 秋風動禾黍 という詩が出て来る。
藤沢周平はこの詩が自分を惹き付けるのは、その技巧のない平明な詩の背後に、いまは殆ど滅びてしまった、子供の頃の田園の風景を見るせいかもしれないと言っている。
若き日に溺れる程本を読んだというから、私によく似てるなと思いながらも、私は漢詩は不得意だった反省がある。
彼は終戦の年18歳というから、私より7歳も年下である。兵隊ごっこをやらなかっただけ、私より勉学が進んだのであろう。
この詩は彼が気に入っている以上に、私のこころを惹き付ける。90の老境がさせるわざだろうか。

私は朝から、大分前に作った私の葬式用のバックミュージックを聞き流している。改訂しないといけないかなとふと思ったからである。しかし何時間も聞くともなしに聞いていると、やはり悪くないなと思えて来る。
十数時間は鳴らし続けられるDVDだから、又作り替えるとなるとかなりやっかいである。
まあいいかと決心はつかない。

音楽に苦情はないのだが、冒頭の私のお別れの挨拶が気恥ずかしく、面白くない。
一旦言ってしまえば何でもないのだろうが、こうしてDVDになど残るとなると、むつかしいことになってしまう。
まだしばらくは生きられそうだから、ゆっくり考えるとしよう。

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