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2009年3月 1日 (日)

疑って欲しい

霧のせいで灰白色の空ではあるが,太陽はまぶしく快晴と言ってよい。
午前9時現在雲らしいものは見えない。
8時の気温5度。

昼前頃から雲が現れたが,天候に変わりはなくぽかぽか陽気に推移する。
琵琶湖マラソンを見る。絶望的な日本選手のなかで、新人の清水兄弟がよく頑張る。兄の方は積極的に首位を争い,最期は4位に終わったがよく健闘した。
こうでなくては面白くない。
日本人選手の1、2,3位に旭化成勢がならび、又往年のマラソンといえば旭化成の時代が帰って来るかもしれない。ただ、世界レベルにはまだまだなのが残念だが。

家内のお供でスーパーへ買い出し。
2月も平年より暖かかったようだが,3月も出だしから春うららである。
この分なら桜も早く咲くだろう。どこへ行くか決めておかないといけないかな。

去年の今日も頭痛がすると日記に書いているが、今日も軽いが後頭部が少しキヤキヤッとする。
今頃は風邪を引くという事があるから、気づかないがそれかもしれない。
最近の風邪は熱も出ない,咳もでない、鼻水もでないというのがあるそうだから,皆目素人にはわからない。
病気も高度化したものだ。

凡人の思いには限度があって、思いつくまま書いていると、すぐその思いも尽きて書く事がなくなる。
永い間日記をつけてきたが、これまたすることは毎日同じ事のくりかえしがほとんどで、変わった事は起らない。
ブログも結局これらの産物だから、当然毎日となると腐心することになる。
間違った事も、うそも書くだろう。

かりそめにもこのブログを読む人は疑惑の心を持って読んで欲しい。

最近は老化が進んだせいか,夜遅くは起きておられなくなった.夜中に目覚めてもすぐ又眠り込んでしまう。だからせっかく付け放しになっているラジオ深夜便も殆ど聞いていない。
困った事なのかどうか。

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2009年3月 2日 (月)

つびのすみか

朝気温3度。よく晴れていい天気に見えたが、午前10時早くも雲が太陽を遮ってしまう。
少し風が出て来て外は寒そうになる。

ガンの水戸君のその後が心配になる。私のメールにもう二十日以上も反応がない。
先般会って食事をした横山君もあれきり声を聞かない。
暇を持て余しているこの頃だから,声をかけたいのだが、なぜだかふんぎりがつかない。
未練を残す歳ではないのだから,がましいことは止めとくか。
去年の月岡君のように七十年ぶりに声を聞いて,2ヶ月後には幽冥境を異にするといったのも嫌だしなあ。

3月は誰にも忙しい月である。忙しいときは忙しいのがよい.気力が充実して,吹き飛ぶように日が過ぎて行く。
長女のところも夜も眠れん日が続いておることだろうな。楽しみよ早くこいである。

朝食のとき家内が知人が宮崎が住み良いと言ってこちらから移り住んだという。
確かに暖かく空気のよいところだったなと何度か訪れたその地を偲ぶ。古墳がいっぱい散らばる西都原なんてよかったなあ。ただ台風がよくくるのでなあと気持ちのブレーキがかかる。

人はいざ知らず、やはりここ広島がいいよとひとりうなづく。つびのすみかはここと早くから決めている。

午前11時、雲がちぎれて北西に流れて行く。いつもの反対だ。日射しが強まる。
そのうち又雲が張り出して来て,移り変わりが激しい。

午後家内は井上に行く。
照ったり曇ったり,風があるから雲も揺れ動く。結局寒い一日に終始する。
3時過ぎ家内が帰って来て,お茶を飲むともう退屈な普段にもどる。

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2009年3月 3日 (火)

冷たい春雨

気温2度と新暦ひな節句の日というのに,春雨ショボショボ冬に立ち戻った気配。
朝飯を食べながらテレビを見てる間にハイヴィジョンチャンネルで池田満寿夫の伝記を物語り始める。
芥川賞作家だという程度の知識しかなかったのだが、見るうち聞くうちにもともと画家だった事を知る。しかも世界的に著名な賞をいただいた銅版画作家だという事も初めて知る。
4人の女性を渡り歩いたエロスの芸術家でもあったわけだ。
凡人の及ばない多彩な才能を持ち合わせながら,若くして生命を散らしてしまった。
人間ってこんなものだろう。

テレビ画面に引きずられている間にそのまま階下の櫓ゴタツで昼になってしまう。

外を覗くと雨は小やみ無く降り続いている。
コタツから出難くなったので,ノートパソコンを持って来てネット徘徊を始める。
こんどはそのままおやつの時間と老人でも暮らし方次第では忙しい。

家内は音楽が聞きたかったのだろうが,私が邪魔をしてしまう。済まないね。
私の部屋は相変わらずアナログ一色だが,家内の部屋は殆どデジタル化して,一歩先んじてるから、こんなこともまま起きる。

朝まだき広島地方は吹雪が珍しく人々の歩みを鈍らせた。
みぞれから雨へと自然の流れで一日を終わる。
3月と言ってもこんなことは不思議ではない。

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2009年3月 5日 (木)

頸動脈の診断

小沢民主党首の秘書が不正献金容疑で特捜部に逮捕されるというとんでもない事件が発生した。
どのテレビをみても侃々諤々収拾はつかない。
発展先は自民党にも廻るだろうと,評論家連中のつぶやきももれる
一応記者会見をして釈明したつもりのようだが、はっきりした事はわからない。。

どうやら田中角栄の残した悪しき風習が吹き出したらしい。
日本の政治も信用失墜甚だしいな。

宮島SAの簡易型ICを申請すると新聞が報じている。利用度が178%もあれば当然であろう。
私も最近はよく利用する。仕事は何もしてないのだから、ほとんど遊びに使う高速道路だが、我が家からは距離的には違わないのだが、なんとなくSAの方が気が楽だ。

午前中内藤内科に行く。先般の頸動脈検査の結果は年齢の割には悪くないと言われる。右側に動脈に少し硬化が見られ,血流が左より下がっているとのこと。
次は腹の検査をすると言われる。言われるままにする以外に無い。
何事も年相応で推移していて驚く事は何も無い、無理せねばまだまだ生きながらえることになりそうだ。

孫の結婚式に備えて,家内も身なりの工夫でなかなか忙しそうだ。今日もデパートに向かう。

午後2時過ぎとうとう雨になる。
からっとした日にはなかなかなってくれない。
春先はやはりこんなものかもしれない。
前の家の軒灯がつけ放しになっている。小雨が横に流れ過ぎると何かわびしい。

家内は6時を過ぎても帰らない。事故でも起こしたかと娘のところに電話する.知らないという。
そのうち帰ってくる。オーバーを買い求めて、適当なのが見当たらず探し歩いて、各百貨店を廻ったという。こういう時は元気がいい。
執念の強さにいささか呆れる。


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2009年3月 6日 (金)

定額給付金支給始まる

夜来の雨がしとしと降っている.気温は8度。もうほのかに暖かい。近所の梅花は皆落ちて緑の芽生えが美しい。

定額給付金の支給が始まった。手間ひまかからない小さな政府から始まった.住民はお祭り騒ぎである。
わが町は区域が広くなったせいか,5月にならないと支給しないらしい。こんな町に住んだものの不幸である。
大体野党色の強いところが時間がかかるらしい。自分はいらないから,人にもやらないという薄汚い根性らしい。
早く貰って早く使ってあげたい。世界中が今困っているのだから。

今流しているCDから、古い「モンテカルロの一夜」という映画音楽がハウゼの演奏でテンポよく流れている。
学生時代の休憩時間の情景がふわっーと浮かび上がる。
大連二中から来た畑広俊君が美声を張り上げて歌う。そばに居る数人が唱和する。懐かしいなあ。
そういえば進学校を間違えた美声の持ち主が何人かいたなあ。もうとっくにこの世から去って行ったが。

大阪から来た同室の北谷君は春休みに見て来た「メリーウイドー」のテーマやシーンを得々としゃべり,口ずさむ。記憶力も良かったなあ。田舎者の私は映画そのものを見る事は生涯なかったが、彼からの受け売りの記憶が未だに脳裏に残っている。

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2009年3月 7日 (土)

J1始まる、サンフレッチェ先ず1勝

WBCのアジア予選が始まったが,日本は一昨日中国をなんとか4-0で破ったが,ヒットは同数の5本と打撃の不振が気にかかる.昨日は韓国は台湾を9-0で圧倒した。一応予想通りの展開だが、今日その韓国と対戦する。勝負の事だからどちらに転ぶかわからない。
前回のWBCのこともある。予選通過は先ず間違いないだろうが,この打撃では本戦には通用しないんでは。イチローの復調が何より望まれる。

明日の菜穂子の結婚式で家内は何かと忙しそうである。東京から娘夫婦がやって来るので,それを迎える準備もあるわけだ。女の仕事は多い。もう80歳の老婆である。傍目にも大変だなと同情する。

今日は雲が多くいい天気とは言えないが,暖かくて過ごしよい。ちょっと買い物にも出たがなんでもない。

千代は3時に友達と会ってからうちに来ると電話して来る。

サッカーJ1始まる。サンフレッチェはさい先よく横浜マリノスに4-2で勝ち,待望の一軍入り緒戦を飾る。
やっぱり今年はやりそうだぞ。佐藤寿はさすがに得点あげて、得点王候補列に顔を出す。

最期の試合の圧巻はWBCの日韓戦、14-2と日本の打棒が爆発しコールドゲームで退けた。
韓国の敗者復活で出て来る事は間違いないだろうから,次も気を引き締めて戦って欲しい。

南の夫婦がうちに一泊、明日の婚儀に私らと一緒に出席する。

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2009年3月 8日 (日)

なほこの結婚式

朝起きるとからそわそわとして、落ち着かない。
後の植野さんの車でノートルダムに向こう。
孫娘の式は午後2時となっているが、なかなかその時間が来ない。
先に親族の引き合わせがあったが,その後式までの時間が随分長くてくたびれる。もちろん一番大事な準備なので時間がかかっても仕方の無いところではあるが。

キリスト教式の婚儀で,勝手がよく分からないが,本人らが希望した事だろうから,それは構わない。
牧師さんは外人と見受けたが,日本語も達者なので違和感は無い。
音楽好きな私なので賛美歌は心地よい。

披露宴は日本式も西洋式も無い。会社員の婿が驚く程,マニュワルが昔の社内の結婚式次第に似ているそうである。
そういえば結婚式場で行われる式は、式次第がどれもよく似通っているなとは前々から感じていた。
葬式でも結婚式でも地方地方で確固たるしきたりが、めんめんと伝えられて来ている。尊厳さを尊ぶものだけに,古めかしい程値打ちが感ぜられるのかもしれない。
沢山の友人たちが招かれていて,賑やかだった。また両者とも性格の良さが友人たちのコメントに強調されていて,身内のものとしては非常にありがたかった。

孫娘が式の終わりに、父母に対して謝辞を述べたがなかなか感動的で思わず頬を濡らした。
いつの間にあのようにしゃべれる程成長したのだろうと驚き感心する。
この子は特に早くから,父母が共に勤務していたので,私たち夫婦が営んでいた店で幼時から、保育園、小学校へ通う時まで面倒を見て来た。それだけに特別な愛情がいつも心の奥にわだかまる。

幸いに適齢期に良縁に恵まれた。ほんとに申し分ない花嫁姿であった。
願わくば幸運の星を頂き続けて欲しい。

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2009年3月 9日 (月)

やはり賑やかなのが良い

昨日とうってかわってどんよりと霧深く曇った夜明け。

婿はは午後から出勤すると言って,6時過ぎには家を出る。私は寝たまま挨拶を受ける始末。
4時間で東京に帰れるのだから,凄い時代になったもんだ。
仕事熱心は相変わらずで、最近特許を2件も取ったというのだから,随分勉強しているんだなあ。感心感心。

新婚さんは今日の飛行機でハワイにハネームーンと言ってたが、これまた朝が忙しかっただろう。
楽しくやって来て欲しい。

最近は携帯電話のお蔭で刻々と動静がわかる。出勤した婿のメールが娘のケータイに予定通り進行している事をつたえる。孫らの動静も掌の上である。
良い時代なのか、悪い時代なのか。もちろん一口にはいえない。

終日日射しのない一日で,ベッド暮らしが永くなる。
最近はとかく眠りが深くなり、めざめたときどうしても一瞬とまどうことが多くなる。
老境から,認識能力の欠如へと着実に進んでいるようだ。

娘が一人いるだけで、我が家は驚く程騒がしい。時には喧嘩しているのではと勘違いする程、昂揚した調子の親子の休み無いおしゃべりに何事かと驚いたりする。
やはり老人二人の家庭では空気も沈滞して、声帯を動かす事が無いから声も出なくなるのだなと気づく。
テレビを見てるだけでは、まともな生活とはいえないようだ。

昨日の結婚式の最中生後7ヶ月の彩寧の大きな泣き声が周囲をたびたび驚かしたが、こんなのがアクセントになって生きた生活模様が実感される。厳粛なだけが良いとは限らない。

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2009年3月10日 (火)

娘のお蔭

気温4度、少し霧深く日射しはとどかないが、いい天気になりそうである。

笑われるかもしれんが今日は昔の陸軍記念日である。奉天の大会戦で徹底的にロシア軍を打ち破った日である。
青年期までこの思いにすがって成長した私である。そして次の5年間戦争に直接従事した。負け戦は幸運にもしたことはない。が結局は米英仏支露を主力とする世界相手の戦いに国は屈してしまった。
この日の勝利が軍のおごりにつながり、国の破滅につながった。歴史は恐ろしい。

反省は痛烈にさせられたけど,くじけず頑張って今日の日本がある。
戦争を体験し,反省しつつ復興を果たした世代は殆ど全部その任を去った。

新しい日本は今始まっている。果たしてどうなるのか。

千代が居るお蔭で我が家の食卓は久しぶりに賑やかである。
昼の食事も娘が作っておいた焼きそばで腹一杯になる.味付けも良い。

友達からの誘いで同窓があつまると言って出て行く。
たまに帰宅するといつもの事ながら友人が多く忙しい。

昨夜はWBCの決勝戦、韓国に今度は1-0で敗れる。2次戦にはアメリカでキューバと戦うのだそうだ。これ又強豪、どうなることやら。

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2009年3月11日 (水)

Appleは公共からも差別されている

相変わらずの春霞で全天灰色,陽光も弱々しい.気温4度と変わらず。
9時前千代帰京.駅まで送る。今生の別れとの感傷はまだない。こんどは夏休みかな、それとも元気を出して一度こちらが訪ねてみるかな。
騒音が4割減って俄然閑静になる。

パソコンも15年近くやってると、ものすごく便利になったなあとの感慨は勿論だが、少数派にたまたま入り込んだばかりに,差別が行われているのが腹立たしい。
今年の所得税はパソコン納税するかといき込んでいたが、windows機でないと駄目といわれた。
かねてから不満を募らせているのは,電話の"Angel-line"である。OSはどんどん進化しているのに、Apple機はいまだにOS9以下でないと使えない。OSXになってから何年になるか、バージョンアップの気配さえ見えない。

NHKもオンデマンド販売を始めたので大喜びでHPに入ってみるとこれまたWindows機専用とある。
国やNHKなど税金で食ってる存在がそれで良いのかと,感ずる。

ソフトを少し拡張すれば済むのではないか。WIindowsもAppleもUnixも共に使用出来るソフトを販売している企業は数多くある。桁違いの力を持つ国や郵政やNHKに出来ないとは思われない。要は職員のやる気の問題だ。

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2009年3月12日 (木)

同窓会

うす雲に覆われ,日射しは強くないがまあまあの天気になりそう。毎朝の霧も今日は薄く島影は影絵のごとく沖合にたたずんでいる。

中学時代の母校の同窓会名簿の注文依頼が送付される。現在は家内の母校と合併されたので,一冊で両校の名簿が揃うので、申し込むつもりで返送はがきを作成したのだが、家内が同級生が少なくなった今,知らないものばかりの名簿を買っても仕方が無いと反対するので止める。感傷に溺れてもうるところは無いという訳だ。

東京に居る娘が、今年は高校同窓会の当番期になるとかで、滞在を一日延ばして準備会に出席を済まして昨日帰京した。
夏8月に開かれる全校同窓会にまた出かけて来るという。熱心な事である。

人の事は言えない。私も旧専門校の同期会の全国大会(卒業20年目第1回)34回のうち29回出席し,現在最多出席数となっている。旧友を懐かしむウエットさがそうさしたのであろう。
その点ではこの娘は親譲りの性格と言えよう。

理由は解らないが、同窓会なんてどこが面白いんだというもの、一切出席しないから案内状はよこすなという奴、学生仲間に恨みでも残しているかのような学友がかなりいることも事実である。
1940年卒業以来69年間、案内状になしのつぶてぐらいなら、まだ良い方だった。

毎年当番地方を決めて,全国を渡り歩いたが、出席者が激減しもうそれも叶わなくなった。
今年は大阪の坂口君が引き受けてくれたが、来年となるともうあてに出来ない。
昨年,一昨年は私が当番となって広島、山口と続けて開催したが、来年又となるともうごめん蒙るしかない。
来年は私は満90歳を超える。卒業以来丁度70年である。本年が終結の潮時かもしれない。

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2009年3月13日 (金)

コタツに入って

しとしと夜来の雨が降り続いておる.気温8度。
家内はせいこうへ検査のため食事抜きで出かける。
霧と雨で天神山の先は曖昧模糊。
今日も外出は嫌だし、もっぱらベッドセイカツとなりそう。音楽だけはたっぷり聴ける。

福岡で桜が開花したという。温暖化の影響,自然は思いのほか敏感なのだ。ツァーを目論んでる旅行業者も,花の散った後につれて行く事になるぞ。

午後になっても降り止まず、天神山も霞み,手前の高層ビルも定かではなくなる。
部屋が寒い。
下に降りてコタツに足を入れながら日記をつけることにする。
適当に手も温められるし、よほど都合がよい。
ただ姿勢が悪いので長続きはしないだろう。

それにしてもノートは楽だ。
日記をつけるだけなら、小さな本体一つ持ち運べばすむのだから。どうして早く気づかなかったのだろう。
買うときの動機がインターネットに入れて、旅行のときブログをやれればいいとだけを目論んだから、他のことは全然考えなかった。

Windowsは使うつもりがないので、ソフトは何一つ買っていない。もちろん人から借りるつもりもない。もっともこれは違法ということになるだろうが。
そのうちネットを探せば簡単な無料ソフトも見つかるだろう。マックでもずいぶんフリーソフトのお世話になっているもの。

マックをやり始めて14年と10ヶ月になる。今更ウインドーでもないと問題にしていなかった。
しかし¥19000.という値段に目がくらんだ。つい手が出てしまった。説明書も何も付いていないが、見当をつけていじってみると、なんとなく出来るようになった。

それにしてもマックに対する差別は少しひどすぎる。先日も書いたのだが日本政府の対応が一番腹が立つ。
中国政府がリナックスを採用して、世界に対決しているという。彼の国は共産党独裁国家だからそれはそれとして仕方がない。しかし日本は民主国家のはずだ。税務署をはじめ郵政省、NHKまで網を張ってマックを通せんぼしているではないか。

ついでに言わせてもらうと、器械操作はなれもあるから私の一方的な発言かもしれないが、うんとマックが楽だし早い。もちろん私が言うのは一番安物同士を比較しての発言だから、高級機のそれを云々してもらっては困る。
世の中金さえ出せば、いくらでもよくなる。

最近のアップル攻勢は見事なものだ。iPhone,iPodの市場席捲ぶりはどうだ。世界を震撼させてきたソニーもついに後塵をはいすることになってしまった。ウインドーズ愛好家も結構買っているそうな。
いいものはいい。
文化は差別するには値しない。いや超越したものだ。
すべからく直ちに態度を改めてほしい。

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2009年3月14日 (土)

ワープロ ファン

昨日降り続いた雨も今朝は一応上がっている。時折ちらちらと日の光が届いたり,雲に覆われた空ではあるが、なんとなくもう雨は降らさないよといった雰囲気である。沖の方も南方20キロの大黒神島がぼんやり見える。

朝食のとき,娘が食べ残して行ったバターをパンに塗って食べてみる。何十年もご無沙汰したパンの味である。おいしい!
家内はコレステロールが高いので,一切食卓には出さない。懐かしい味といってもよい。
ジャムは毎朝常用している。昨年の暮れから、妹に貰った夏みかんで作ったマーマレードが沢山あった。まだ1瓶残って居て毎朝食っている。
砂糖と塩、ひと味違うけど、時にはいいのでは。

昨日マックを使い始めて,約15年になったと書いたが、ワープロは1985年2月にリコー・マイリポート20を購入して以来だから、もう足掛け24年になる。こちらも現在は何台目かのカシオの器械を使い続けている。器械にプリンターが付いているので,ワープロとしては最高の使い良さである。十何年目かに一度プリンター部分が故障して,もう駄目かと思った時があったが、メーカーが責任は負いませんよと言いながら、なんとか直してくれた。保存はパソコンに写してこちらで一括保存するという訳。容量がまるで違うので,その点ワープロでは何ともしようがない。

インターネットにはワープロの時代から入って利用を始めた。プロバイダーのniftyでも古い方だろうよ。
ときどき礼状みたいなものを頂いた事もあったが,最近はnifty自身が様変わりしたのだろうか、挨拶も何も無い。いや”誕生日おめでとう”は器械が憶えてくれてるのか毎年メールが届く。今年は音楽やイメージ入りだった。
古い愛好者はファンなのだから、だいじにしないと駄目だよ、

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2009年3月15日 (日)

海賊対策はやむを得ないか

朝気温2度、一片の雲なき快晴。
母の命日。明日墓参の予定。天気よければ墓山に登るつもり。
9時半キャバレロの愛情物語などバックに流れている。幸福度に変化なし。

季節の移り変わりが部屋の日射しの長さで実感する。一米ぐらいになって、受ける範囲が半身になってしまった。それでもうたたねには一向構わない。

しばらくは冷たかったがどんどん気温が上昇して外に出ても寒さは感じられない。

海賊対策に呉から軍艦が2隻出動する。ソマリア沖を通過する船の一割が日本関係というのだから仕方が無い。
日本経済も石油で持ってるようなものだからやむを得ん事だろう。

私なども朝星夜星で働く両親のもとで、生まれ落ちてから質素な暮らしに慣れ親しみ、長ずるやすぐ志を外地に向けざるを得なかった。全く貧しすぎる日本だった。
敗戦の結果がこんな繁栄になるとは想像もしなかった。世の中皮肉なものである。

戦争を知らないものでも、国民はあの戦争の悲惨を忘れては居ない。
軍艦の出動に反対する人々の気持ちもわからないではない。
しかしこの現在の繁栄こそが異常なのである。一世紀前の質素な生活こそが日本人のあるべき姿なのではあるまいか。
石油依存を止め,自動車依存を止めなければ、軍艦出動の危険は避けられないと悟るべきである。

質素という事は凄い苦痛を伴う。最低限の生活を国民に強いる。時に人権も社会保障も無視される。
娯楽なんか求めるべきではない。これらのことが解っていないと立ち戻る事は不可能である。

アンフレッチェは地元での今年の初戦を飾る事が出来なかった。先制しながらも追いつかれ、2-3の逆転負けと一番悔しいパターン。
見ていると、どうも背後へ大きく出されるボールに,守備陣がかく乱されるようである。守備陣のボールへの執着と跳ね返しの遅れが目についた。まだ先は永い。反省と研鑽が欲しい。
2万の地元ファンとともに悔しさをバネにしたい。

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2009年3月16日 (月)

もう百姓仕事は無理だ

昨日と同じようにいい天気なのだが,明らかに黄砂が空いっぱいにうめつくして、太陽が輝くという訳には行かない。
気温は3度からどんどん上昇をつづける。

前日から予定していた母の命日の墓参りを1日遅らせて今日実行する。
10時のJRで来る妹を駅で迎えて、私ら夫婦と3人、車で高速道路を岩国ICで降りて多田に向かう。

妹に1時間半ばかり百姓を手伝わされる。馴れない仕事なのでいささか疲れる。妹の頑張りには恐れ入る。
昼になったので、私の亡くなった知人の経営していた吉香レストランに出向いて昼飯を食べる。
田賀,その墓,室木の墓,そして弟宅と廻る。
室木の墓では私は急に気分が悪くなり、途中で山登りを止めて、駐車場に置いた車に帰り休む。
百姓がこたえたらしい。

室木の妹との女同士のおしゃべりがいつまでもつづき、とうとう5時近くなる。
ラッシュに引っかかって大変だと思い出し,話を中止させて帰路につく。ときすでにおそく、新港付近で渋滞に巻き込まれる。
大竹ICから高速に入って,ラッシュが続く。廿日市も広島もICは渋滞がひどい事を予測して、宮島SAから外に出る。
市道の馴れた道を廿日市駅まで行き、妹をここで下ろして帰宅さす。もう6時数分前であった。
気分はいくらか回復
していたが、もう無理は利かないなと痛切に感じた一日だった。

WBCの日本チームはさい先よくキューバに6-0と危なげなく勝つ。松阪の好投が光った。イチローは不発だが,他の打者がよく頑張りつないだ。やはり粒ぞろいといったところであろう。
韓国もメキシコを破って,又日本と対戦する事となった.3度目である。念がいってるがルールだから仕方が無い。

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2009年3月17日 (火)

春たけなわ

今朝は気温9度、あまりの暖かさに驚く。相変わらずの黄砂模様。天神山より向こうは何も見えない。
光芒も散乱してフィルター越しにこちらを照らす。昨日以上に暖かい筈だとテレビのお託宣。

10時現在,部屋の温度はもう21度になっている。
印刷したファイルがめちゃくちゃに入ってる引き出しを整理する。中身を読んだりしてると結構時間がかかる。
懐かしい元授業員の林田さんの手紙など出て来る。なんでこんなPCファイルや旅行資料などの間にと思ったりする。
新聞記事も沢山出て来たので綴じておく。
人並み以上の収集癖があるので、引きだしはいくらあっても足らない感じある。他人が見ればくだらないものばかりなのだが、生きてる以上仕方が無い.備忘録なのだから。

昨日の疲れが何となく残る。家内は随分働いたからさぞ痛む事だろう。
改めて妹の頑張りにあきれる。
身体を使う事を惜しまぬ弟も最近は手伝いを嫌がってるやに聞く。割と母に似て人使いの荒い妹だから素直に聞き過ぎるとひどい目に遭いそうだ。

昨日は二度も廿日市駅まで行ったので,北側の山の開発が進んでいるのに驚く。道路の進路は真東に向いていると思っていたが,駅に向かって南側にも開いている。駅の北口改札が出来るのかもしれない。市民の要望がやかましい折から。
そういえば、私の家から百米行かない先はもう広島市である。げすのかんぐりかもしれないが、何かと冷たい処遇を受けていると長年感じてきた。最近市会議長になったのぼりさんの地盤がここだから、その政治力がいくらか出て来たかな。
開発とか道路というものは政治力が弱いとどうにもならない事は,昔からよくわかってることだ。

いっちゃあ悪いけど,中国山地深きところの庄原に先般行って、便利の良くなっているのに驚嘆した。とくに凄い大きな丘陵公園まで開かれている。家内などはそのトイレの立派さ、奇麗さに感嘆の声を惜しまなかった。豪腕な政治家の影響はまぎれも無い。
何十年も前山道をおそるおそる帝釈峡を訪ねたとき、一日かかってとうとう天候の悪化にあったりして,肝心な湖水を見る事も無く引き返した事があった。今は高速道路もあるし、県道国道もたんたんと整備され,目をつぶってでも走れそうである。

昼寝を済ませて、昨日妹がくれたはっさくを食ってみる。夏みかんよりは少し甘い。結構食える。
連鎖的に早速我が家のみかん類の消毒を思い立ち古い消毒薬を調合してありあわせの噴霧器で液体を振りかける。風があるのでこちらが浴びたりで大変だ。肥やしはすでにまき散らしたのだがさあどうだか。

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2009年3月18日 (水)

おくりびと

珍しく暖かい日が続く。今朝は8度,黄砂が激しく太陽は見えない。雲も少しあるようだ。
家内に誘われて映画「おくりびと」を見に行く事にする。スカラ座は9;30、ワーナーは10:40なので、無理するのは止めて,ワーナーまで行く事にする。

車の数もほどほどで、10:10には映画館のあるサティの下の駐車場に入れる。
納棺師などという職業があることは知らなかったが、アイデアとしたら結構面白かった。
真剣ぶってやるところがおかしい。
私も間もなく屍体を拭いて貰うことになるのだろうが、この地方では身内のものが拭いて納棺するらしいから、想像すると少し恥ずかしい。この映画のように納棺師がしてくれた方が良いかもしれない。

大まじめに取り上げた監督の意図が何より面白い。反面アカデミー賞なんてこんなものかという軽さも残る。
背景音楽はさすがに久石譲だ。第九をつかったりして、どんなことになるのかと思わせたりする。
良い映画はやはりキャストがいい。奇抜なだけでつまらない映画になるかもしれなかったこの映画、やはりキャストの非凡な演技がここまで引き上げたのだと思う。

家内のリウマチが依然としてよくない。夕方近く内藤に出かける。薬を変えてもらうとかいっていた。指の腫れ方が尋常ではない、.大変心配である。
黄砂が終日空を覆って,目によく見えるだけに気分まで損ねる。

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2009年3月19日 (木)

WBCいよいよ佳境に入る

霧、灰色の雲、それに黄砂も混じっているのか,眼前の風景はまるで夕闇に包まれた様。
朝8時気温14.5度。もう初夏といっても良い。
夕方には雨という予報だが、もう少し早まるかもしれない。
昨日の映画見物の疲れがまだ残っている感じ。体力が落ちたなあ。
ワーナーまで映画を見に行ったのは,一昨年の1月「硫黄島の手紙」以来2度目の事である。

昨夜は寝苦しかったので,夜中に毛布を一枚外す。しかし依然として風邪気味で鼻水が絶えない。

昨日は下関で開花したという、
WBC日本1-4で韓国に苦杯。やはり韓国の投手陣は良い。

午後になるとあちこち晴れ間も見え,時折日射しもあったりして、雨の気配は少なくなる。
室内温度は24度とやや蒸し暑い。
しかしFMから流れ出るベートーベンの弦楽四重奏曲が美しく、なんらのわずらわしさも感ずる事は無い。

今日のWBC日本再びキューバと対戦5-0で勝つ。岩隈始め投手陣が豪打を押さえきった。
次は韓国と4度目の対戦となる。もう一つの組み合わせはベネズエラがアメリカを破って1位、2位アメリカとなる。

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2009年3月21日 (土)

もうマンネリもいいとこ

一昨夜から腹具合がよくない。便は毎朝出るのだが量がすくなく、直腸あたりに停滞している感じ。ときどききりきりと痛む。

昨日は宿命の対決、日韓戦今度で4度目,朝からアメリカサンディエゴで1組第1位をかけて大接戦。7回に同点に追いつかれて2-2となったが、その次の回青木のバンドヒットを足がかりに3点を奪い、最終回にもイチローの二塁打などでだめ押しの1点を追加し振り切る。
準決勝はアメリカと22日にロサンゼルスで対戦する。いよいよ終幕だ。

昨日の午後とうとう下痢となる。却ってすっきりした感じ。何があたったかわからない。悪いものを食った覚えが無いのだが。

老いるとなにが起るか解らない。大してくってもいないのに不思議な事だ。

今日午前中植物園に出かける。連休中とあって入場者も多い。
桜も吉野はまだだが早咲きの桜は美しい花をつけている。弁当を花の下で広げている人もいる。
山あいだから空気は少し冷たいのだが、まだ浮かれ客は少ないおりだから落ち着いて楽しむには都合がよい。
桜の下を抜けて山に登る。色とりどりの植物の花でにぎにぎしい。花の名に疎い私は家内に名前をいちいち聞きながら歩く。
こうして日記をつける時点ではもう忘れてしまっているが。

腹が空いて来たので食堂に入って昼飯を食べる。

本館の中を一回りすると,疲れてもう歩きたくなくなる。
家内を促して外に出る。
新宮のデオデオまで行く。先日蛍光灯が切れて暗くなったので、それなど買い物をする。

帰宅途中でガソリン補給や灯油をセルフサービスのスタンドで購入する。老骨には少し酷なのだが、不景気でスタンドも少なくなり,苦労でも自分でやらなければならなくなってしまった。

センバツが始まったが地元勢の出場校が無く,興味半減見る気もしない。
今日は忙しかったのでなおさらである。

だらだらと生きてるだけの毎日が過ぎて行く。家内の話題も近所の人の病気や死んだ話が多い。Img_1234
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2009年3月22日 (日)

樹木のアレルギー

春雨しとしとで夜が明ける。暗いのと昨日の外出の疲れで目が覚めず8時家内に起こされる。
雨でもやって百米先は霞んで見えない。
昨日の植物園でアレルギーを刺激した物質があったか、帰宅してからずっと顔のかゆみがとれない。
風呂あげくはしばらく良かったのだが,寝ている間にまた悪くなる.今朝はもうひどい。
今持っている薬ではどれをつけても、きかないらしいから、ほっておくしかない。

腹の悪いのもアレルギーかもしれない。痛みはなくなったが膨張感はとれない。

昨日取りかかっていたマーマレードつくり、今朝早速試食したがおいしい。すこし水気が多いと寒天の元を入れて砂糖も追加し、炊きなおしを家内はしていた。また当分朝の食卓に出続ける事になりそうだ。

4月の来年度から順番で第3班の班長をさせられることになった。90歳と80何歳のとしよりが無事お役目を果たせるだろうか、まことにこころもとない。
二十軒そこらの班だが、老人ばかり多い班なので、かってに抜ける訳にはゆかない。丁度10年前に町内会長をさせられたが、班長は3度目になる。思えば永く住み着いたものだ。1974年以来35年になるのだからなあ。
あっという間だったような気もしないではないが。

夕方少しうとうとする。
ふと市販のかゆみ止めがあったのを思い出し,探し出して顔に塗る。すこししみるが気持ちよい。
なんとなくかゆみがいくらか軽くなった気がする。

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2009年3月23日 (月)

アメリカ衰えたり

気温10度、なんといっても春だ。
日本海側は寒気が押し寄せてきてるらしいが、こちらは雲間からの陽光があたたかい。
朝また顔がかゆい。中枢に近いとこらだから、いらいらが身体の力をそぐ。

家内も手の指が痛いと朝顔を会わせた途端手を差し出す。指が腫れてつやっぽく光っている。なんといっていいかわからない。
老人あいより慰め合う図である。
しかし長生の悲劇をかこつ勿れ。一旦死せば悲劇も喜劇もない,無である。

WBC準決勝は韓国がベネズエラを日本がアメリカをそれぞれ破り,明日の5度目の対決で世界の王者が決まる事になった。
両者とも底力のあるチーム同士で、サイコロがどちらに転ぶか全く予断出来ない。
ちょっとした球のコースの決まり方,打球の転がり方の運不運で決まりそうな感じだ。

野球発祥の国アメリカも老い衰えたりとの感はいなめない。大リーグの規模が拡張しただけ、図抜けた選手を拾いぬくくなったのだろう。
最終的には9人しかいらない競技だから。
ともかく野球人口が増える事はいいことだ。前回のオーストラリア,今回のベネズエラなど世界に肩を並べられる国がどんどん出て来て欲しい。
アメリカが優勝出来ないことは案外チャンスの広がりにつながっていいことなのかもしれない。

部屋の中は暖かいのだが,窓を開けると冷たい風が吹き込む。外は結構寒いらしい。
無理をしないのがやはり一番いいようだ。
ラジオから流れ出るブルッフのバイオリン協奏曲第1番の音色が美しい。感動に胸が震える感じ。
しかしあっという間に終わる。DVDアルバムを引っ張り出して聞きはじめる。
他にする事はなにもない。野球の興奮がまだ続いているのでちょうどよい。

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2009年3月24日 (火)

WBC日本連続優勝おめでとう

朝10時から始まったWBCの決勝戦の中継を熱心に見た。
韓国の恐るべき粘りに圧倒された。初回から始まって圧倒的に攻めまくる日本勢をきわどくかわしながら、どうしても点をいれさせない。1点取られても後の得点はファインプレーなどで許さない。とうとう最終回まで1点差で負け戦を粘り抜き,土壇場で追いつき逆転のチャンスまでつくった。しかし善戦もここまでだった、延長に入ってイチローを一塁が空いてるのに勝負をして、劇的な痛烈なタイムリーを打たれ、2点差となっては万事窮した。ベンチの失敗と私は見た。
その裏もチャンスは作ったが、これは惜しくもものにできなかった。
しかし15本対5本のヒット数に反して,大きなあたりで得点して追いついた韓国の馬力は恐ろしい。
柔道やサッカーなどと同じく何時の日か日本が後塵を拝する事にならなければよいがと、懸念は大きい。

野球の世界一の栄誉はかくして第1回に引き続き、連勝して日本が獲得した。
只アメリカがまだ本腰を入れているとは思われない。もちろん今回の出場選手もそうそうたるものではあるが、最有力選手を抜擢したとは言えない。特に守備の悪さが目についた。ピッチャーも一流はいたかな。
日本に敗れただけでなく,ベネズエラ、プエルトリコにも取りこぼしている。
とても国を代表した選手とは思われない。
韓国はオリンピックの時から,日本はオリンピックの惨敗で国民に火がついた。国挙げての力だからそれだけ違っていた。

ともあれよく頑張った選手たちよ、おめでとう!そしてありがとう。

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2009年3月25日 (水)

高速道千円で自動車が売れ始めるかな

小雨がちらつく朝、気温8度。珍しく霧も靄もなくすっきりした眺めの瀬戸の景色。
テレビも新聞もWBC日本連勝に沸いている。小沢さんは矛先がかわされてさぞ嬉しいことだろう。
まあ長年の政治功労者だからあまり追いつめない方がいいな。

只小沢首相となった時代を想像すると,金さえあれば何でも出来るという、田中角栄流の国際疑獄社会が再生されはしないか心配である。今でも金太りした小沢さんだから。
もう少し清潔な人が欲しいなあ。

今朝の新聞をみると宮島の猿を全部捕獲してしまうらしい。なんだかかわいそうで仕方が無い。宮島と言えば猿と鹿、人間とうまく共存出来ないのかなあ。観光客が噛みつかれたらイメージダウンにつながると思っているのだろうが。
小さな被害まで大げさに騒ぎ立てて、銭にしようとする輩がふえた昨今の風潮は困ったもんだ。

午後3時半最近珍しく紺青の空が現れる。白雲との対象が鮮やかで美しい。
しかし外は寒い。出歩き回る元気は無い。

山口県の南陽工業が甲子園で一回戦を勝ち進んだ。中国勢3校がいずれも2回戦に進んだ。広島がいないとて馬鹿には出来ない。
これまた嬉しい傾向だ。高校野球は今年は面白くないと思ってたがそうでもないらしい。
改めてお詫び申し上げる。頑張れ中国勢。

アメリカのオバマ大統領は景気対策効果が早くも現れたと発言している。
日本ではそんは首相談話は聞かれないが、あの手この手と派手な手並みを見せているのだから、効果が出始めたと放言したらどうか。
千円高速道路はえらいことになりそうだぞ。まあ急ぎすぎて事故にならないよう祈るのみである。

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2009年3月27日 (金)

運転免許証の返納

北国の春は遅く,響も寒空が続くらしいが,こちらは朝から気温7度と春はまぎれもない。
青空も雲間に見えているから,日中には14,5度にはなるだろうから、開花も一段とスピードを増すはずだ。

霧島、指宿の温泉ツアーに応募して,代金を旅行社に支払いに出かける。二人で¥89200.である。
かねて別府のお湯に浸かりに行くかと話し合っていたのだが、たまたま適当な旅行が見つかったので行くことにした。
まさかリウマチなどに効くとは思っては居ないが、気が済むことは何でもするということである。
旅行社はNHKビルの21階にあった。駐車場がすぐ下にあるとは知らず,大分離れたところから歩いてしまった。歩くことも大事なことだからまあいいが。
早昼食をそごうでしたためて、ついでに買い物をすませ、家内が記念病院に行くというので送る。
下ろしておいて、私はそのまますぐ帰宅。

あまり混雑することも無く、今日の用事を楽にこなすことが出来た。私の運転では最近は肩が凝っていけないと家内はいう。緊張するのだそうだ。
そんなに下手になったとは私は思っていないのだが、ときどきぼーっとして、物忘れしたりするので、運転中その発作が起きたらどうしようと思うらしい。
認知症なんて自分では気づかないことだから、この次から免許証の検査の時一緒に検査されるそうだから、まあそれに任すしか無いな。
知人で免許証返納したという声もちらほら聞こえる。再来年の満92歳になった日が期限なのだが、はてどうするかな。
止めることは簡単だが、車が使えなくなった後の不便さをおもうと、やはり頭が痛い。
70年近く乗り馴れた車だから、生活の勝手が違い過ぎることは目に見えている。しかしいつかは来る日だが。

午後3時家内は記念病院から帰宅。関節炎だが骨には異常はない。無理な使い方をしないようにと言われた由。
やはり温泉ぐらいがいいらしい。いずれにしろ無理は出来ないということ。

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2009年3月28日 (土)

今日のスポーツが面白かった

待望の千円高速道開始の日である。なんとなしに愉快である。卒寿老人ではそれほど乗れる訳でも,乗りたいとも思わないけれども,さーさーお乗りと開けて待っててくれるのはやはりありがたい。老骨に腕を撫して、我もという元気だけは出る。
私は誰が編み出したか知らないが、麻生内閣の快挙だと思っている。出来てから何十年になるか、誰も考えつかなかったではないか。
やれば出来る。今度は航空路でも考えてみたらどうだろう。

気温5度,寒くも暖かくもない。雲が深くて,太陽も顔を出しかねているようだ。
熊本と静岡が満開と報じられている。
昨日広島の平和公園も3分先くらいはいってるかなと見て、公園の中を通りすぎた。

最近のパソコンはやたらにボリュームの大きさを宣伝している。テラと言うのだそうだが,ギガの千倍とのことだ。
15年前私が初めて使ったリコーはどのくらいか忘れたが,次に使ったアップルは500KBか700KBかMBにはなっていなかった。
その後どんどん進化して,今は160GBとか250GBが本流らしい。そしてTBの声が盛んに聞こえる。
私なんかは相変わらずテキスト一点張り、せいぜいデジカメくらいだから使用量は知れている。
音楽を嗜むから仕方なしに、今160GBのものを使っている。

最近買ったASUSのミニノートでも4GBのHD,4GBのSDHCが内蔵されている。恐ろしいくらいのものである。これで¥19000.だった。
月日の経つのも早いが,物の進化も早いなあ。年齢とともに体力智力衰える一方で、もうとても付いては行けない。
もっとも付いていけなくても,今段階ではなんの痛痒も感じてはいないが。
特に最近の私のようなパソコンの使い方なら、WindowsだろうがMacだろうが関係ないことだなと思うようになって来た。
使い慣れたのが一番良いということだ。

昨日の朝水戸君が又抗がん剤を飲み始めたとメールをくれた。土田君は胃がんで入院し3分の一切除するらしいという。驚いて土田君に電話してみたが留守番電話ばかりで誰もいない。やはり入院したらしい。
90を過ぎても癌はおかまいなしに人を襲う。いずれ死ぬるのだからなんでも構わないが、私は大分痛いらしいからガンはごめん蒙りたいな。
すぐ返事のメールを水戸君に出したが、見舞いにはなってないだろうから、彼の痛む心を救う訳には行かない。
勘弁してくれ。私は人並みなことは言えない男なのだから。

甲子園ではあのPL学園を延長戦で2−1と破った南陽工業の健闘がともかくすばらしかった。9回までノーヒットノーランに押さえられていた南陽が、投手のふんばりで再三の危機をしのぎ、最後の1回のチャンスをものにした。
古今の名勝負と言えよう。

夜のワールドサッカーのアジア予選でバアーレーンに苦しみながらも1−0で勝った。中村俊輔のフリーキックが勝敗を決めた。
WBCのイチローと同じく伊達に長年苦労しているのではないことが証明された。

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2009年3月29日 (日)

市会議員選挙

朝からなんだか黄砂模様。太陽の影が薄い。
昨日とあまり変わりない天気になるらしい。

農薬の有り合わせをみかんに散布したところが、葉がばたばた落ち始め止まらない。もう半分以上落ちてしまった。
いいかげんでやってはいけないな。薄め方がどうも悪かったらしい。

気温が上がらない。部屋の温度でも16度だから寒い。

水戸君から土田君は明日入院すると連絡をくれる。元気そうな声だったから心配ないようだという。
昼前また土田君に電話する。やはり留守番電話になってて話が出来ない。入院してから見舞いに行くことにする。

市会議員選挙の投票に行く。買い物があるので車で行く。新しい公民館は少し遠くなったが、駐車場が広くなって楽である。
外はそれほど寒くはなかった。

家内のリウマチの痛みが記念病院の注射のおかげで軽くなり喜ぶ。見ると指の腫れも引いている。
このまま治るものでもないだろうが。
私は乾癬のお蔭であちこち痒いのが残念だが,他に悪いところはなくなった。特に足の運びが楽になったのがうれしい。
自己免疫が強すぎて表皮が破壊されるのが乾癬だが、最近はけがをしても化膿することがないのは免疫のお蔭ではないかと自分では勝手に想像している。

私の住んでる廿日市市は、十数年の間に何倍にも広くなり,今は山口県、島根県、それに広島市と隣接している。
市会議員も大変だろうが,市民も自分の町のことを知るだけでも大変だ。山の幸,海の幸は堪能する程恵まれることにはなった。
岩国の飛行場がやかましいと市長などは反対運動に忙しいのだが,私は便利がより良くなりそうでうれしい。
耳は悪くなるいっぽうなのでやかましいのは痛痒を感じない。

やっぱり庶民は賢いよ、昨日今日随分走り回っている人がふえたそうだ。なにも今すぐ走らなくても良い,先はながいのだから。千円なら高速道路で東京に行けないかな。目下阪神を迂回する方法を探しているのだが。死に土産に全国一周も考えたい。
もちろん車で寝て,車で食べて、SA、PAはしっかり利用して。

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2009年3月30日 (月)

桜早くも満開か

6時半ベッド脇の東の窓、カーテンを貫く光芒の明るさに驚いて目覚む。
そーっと窓ガラスに手をやるも暖からず。

新聞を取りに出る.気温4度、風あり,冷たい。南方の島々遠望出来て美しい。大きく息をのむ。

家内、菜穂子はどうしているのかしら、いい具合に職場を移れたのだろうか、新婚旅行も楽しくやって来たのだろうかと、連絡がないのをもどかしげにぶつぶつ言っている。若いし、おとんぼだから、動転してそこまで気が回らないのだろうとなぐさめる。
老人はのんびりしてるようで、案外気が短いものだ。せっかちに知りたがるし、世話をやきたがる。
痛みが取れて、外向きになってきたのかな。
明後日から班長をやらねばならないし、私が動かぬから家内は一人心配が絶えない。食事中もぐじぐじと耳障りな話題が多くなる。

午後に入っても雲一つなく日本晴れは続く。室内23度、外は24度ともう申し分ない桜気候。
平和公園もまもなく満開になるだろう。

内藤内科に行く。心電図を取られる.別状なしとのこと。
外の出ると風暖かく、全くいい陽気。
明日は家内の番、明後日は私が広島総合病院に行く番。毎日医者通いが忙しい。医者が足りないのも無理ないなと感ずる。

国民医療の充実なんて、ほんとにいいことなんだろうか。上限知らずだからなあ。
フィンランドなんか国民の半分が老齢者で、年寄りも働くことを計画しているらしいし、社会保険料は所得の半分だともいっていた。
日本もまもなく同じことになるだろう。

日本では年金を税金で払うなどと言ってる政党があるようだが、さしずめ対象になる消費税はあっという間に20%、30%になるのと違うか。所得税も減る、贈与税も減るでは財源は無いではないか。

市会議員私らが投票した人が当選した、医者の先生も同じ人だったらしく良かったですねと機嫌がよかった。

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2009年3月31日 (火)

利府高校

雲と霧に覆われた空から洩れる光も無い。昨日が良すぎたので、今日は一日寒いかもしれない。
朝の気温は6度。

最近は死の時期ばかり考えている身には、永い3月だったが、これが最後の3月かもしれない。温暖化の影響で暖かい日が続いて、例年にくらべて石油の使用量は半減した。
個人的にも良いことなのか、悪いことなのかわからない。

午後になると陽光が灰色の空からさんさんとそそぎはじめる。気温も上昇、ベランダは25度を超える。

今日の産経を見ると、アメリカで邦画のリメイクが次々と企画されてるらしい。先ず「ハチ公物語」という。
良い話だから、日米人情の違いなく受け入れられるだろう。日本では8月に公開されるらしいから待ち遠しい。
「黄色いハンカチ」は作品そのものがアメリカ的だから、むしろ解りやすく作られるのではないだろうか。

甲子園では準々決勝で東北の2校が勝って進出した。明日は東北同士の戦いとなる。
花巻北は投手力がいいので、予想した通りだが、利府高校というのはどこにあるのかも知らなかった。
早合点して早稲田が勝つものと思っていたが、集中打で5点を一挙に奪取し、守り抜いてとうとう準決勝へ駒を進めた。
昔から高校野球は番狂わせが多いから驚くにあたらないかもしれないが、宮城県のどこにあるのか地図で探したがわからない。

パソコンの地図検索してやっと黒川郡利府町にあることが分かった。仙台市の北隣の町であった。ともあれよく頑張ったね、おめでとう。
二十世紀枠で出られたというんだが、センバツなんていい加減なもので、秋の試合の中から成績の良いものを選ぶのだから、今の実力がどうなのかは神様しか知らないしね。まず選ばれなければ現在がなかった。よかったよ。

どこかの監督が「まぐれです」と正直に語っていたインタビューがあったが、早稲田は残念だった、まぐれにやられたようにみえた。

明日あさって勝てば優勝ということだから、まぐれが最後まで続けば面白いのだが。

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